能力の乱用
5月。
入学から1カ月もたち大学の講義にも慣れ出した頃だ。
一応学生であるのでバイトをするのが一般的であろうという理由でバイトを始めたのがこの頃である。特にお金がほしいというわけでもなく、お金のかかる趣味があるというわけではなくただ学生であるということと、暇だという理由でバイトを始めたのだ。
バイト先は特に行きつけでもない全国展開している普通のコンビニである。
「いらっしゃいませ~」
というやる気のない出迎えのあいさつをする。
半月もバイトをやっていると慣れてしまってこう脱力してバイトの仕事をこなすようになってしまう。まぁ。普通か。
こうコンビニでバイトしていてつくずくと思うのは毎日のようにやってくる常連さんはどんな日でも必ずやってくるということに驚きだ。晴れの日でも雨の日でも風の日でもやってきて大体同じものを買っていく。何度も相手をしているうちにいつも買っていくたばこの銘柄とか買っていくから揚げ棒は冷たい飲み物と絶対に分けるのとか分かり切ってしまう。最初はそんなのを覚えるのは面倒だって思ったけど、覚えた方が聞く手間が省けて楽だと気付くのだった。
しかし、コンビニはスーパーのように絶えず客がいるというわけではなく客がいない時間帯もある。天気が悪いと客の来る率は圧倒的に低い。その時は大抵品物の前だしを兼ねてよさげな商品を漁る時間になる。
そして、たまにうまそう。食べてみたいという商品を見つけることがある。
先輩たちは気になるとか言って買って帰ることもある。俺はそんな興味本位でそんなことはしない。でも、今日入って来た新商品は違った。
「・・・・・なんか普通にうまそうなんだけど」
それは中にあんかけの具材が入った中華おにぎりだった。俺はあんかけ系の食べ物には目がない。あんかけラーメンとかあんかけ塩焼きそばとか中華揚げそばとか中華丼とかとにかくとろみ系の食べ物が好きで学食でもたまに日替わり丼ものに中華丼が出るたびに食べている。
その時、せっかく券売機の行列に並んだのに売り切れだった時の悲しみは半端ではない。それでいつもこう思うのだ。この10分だけ時間を戻す力がもっと俺に都合のいいものだったらいいのになっと。
時間もそうだが俺のいた位置とかもその時間の巻き戻しに影響されない方法はないものかと何度か試したが無駄に終わっているのだ。
「しかし、うまそうだな・・・・・」
でも、今日に限って財布を持ってきていない。このおにぎりのために家に戻ってまた来る気にはなれない。
今の時間は深夜帯に突入しつつある時間であるためか客はほとんど来ない。店にもバイトは俺と奥に店長がいるだけとなっている。裏で物音がしないから店長は寝てしまっている可能性がある。オーナーは所要で出ていてそのうち戻ると言っていた。つまり、この店には俺しかいないという状況になっている。
やってしまうのなら今しかない。俺はおにぎりを手に取る。
温めたほうがおいしい気がするので電子レンジに入れて10秒チンするとほのかに温まったおにぎりから発せられる香りに腹の空腹メーターが吹っ切れる。念のために店の奥にいるふて寝する店長の姿と店の外に誰もいないことを確認してから中身を出して一口食べた。
米の隙間からあふれて俺の口に注がれるあんかけの暖かさがうまい。中身はごろごろと筍とピーマンに肉か出てきた。ほふほふとしながら食べるのが最高なのだ。チンジャーロース風なのか。具がデカい割には食べ易くてなかなかうまいぞ。
と食べるのに夢中になっている時だった。
「おい。バイト何してるんだ?」
体中の毛が逆立つとはこういうのを言うんだなと思った。体中がチクチクとかゆくなる感覚に襲われたがそんなことは気にしていられない。頬張ったおにぎりをそのままに振り返るとそこには所要で店から抜けていたオーナーだった。
慌てて食べていたおにぎりを食べきる。
「ど、どうしたんですか?そんな怖い形相をして」
「当たり前だろ。バイト中に仕事もしないで商品を食べやがって。ちゃんと金払ったものなんだろうな?」
「・・・・・・・」
もちろんタダ食いである。
「戻れ」
「なんだ?」
「戻れ!」
目をつぶり耳鳴りの後に目を空ければそれは俺がおにぎりを見つけた直後の10分前に戻った。
おにぎりには一旦手を付けるがすぐに元に戻す。
「意外とうまかったから今度はちゃんと金を持ってきて帰りに買って帰るか」
そう呟いて手に取ったおにぎりを元に戻す。
俺は最初から時間を戻すつもりでおにぎりを試食したのだ。そんな買ってもいない物を勝手に食べるなんて非常識にも程がある。だが、俺にはこの力がある限り試食を食べるのは大胆な形で行うことが出来る。例えば、チョコエッグのほしい中身があったとすればこの能力を使えば的確にそのほしい中身を手に入れることが出来る。能力を使う前に10分で売っているチョコエッグの中身を全部確認にしてどこに置いてあったのかさえを覚えておけば、後は10分時間を戻せば完璧だ。
だが、今回のような試食を何度か試しただけで基本的にはそんな冒険はしない。
この力を身につけて2ヶ月。まだ、完璧に信用したわけではないからだ。




