葛藤の能力
6月。
新しい大学生活にも慣れて雨のせいでジメジメして気分の悪いこの時期。
「よーし!前回の中間の結果を返すぞ!」
その先生の甲高い声に合わせて講義室中がそわそわする。
聞こえる会話は「やばい!絶対不味い!」「たぶん大丈夫だって」「これで成績の半分が決まるんだよね」「緊張する」「早く返してほしいな~」などなどいろいろ聞こえるがその中で俺はひとり冷静だ。やばいとか大丈夫とか緊張するとか全く持って無縁なのだ。
俺はこの10分だけ時間を戻す能力を最大限に使ってこのテストに臨んだ。使うと1時間近く使えなくなるインターバルも何度も試すことで正確な時間を知ることもできた。その時その時で違うがインターバルの時間は55分から62分ということが分かった。大学のテストのほとんどが1時間設けられる。インターバルに1時間切るということがあるということが分かっただけでかなり都合がいい。
まず手順としてはテスト開始と共に普通なら忘れないように名前をかくが俺はその前にテストの問題をすべてに目を通してどんな問題が出題されているのか見通す。
そして、あらかたその問題を頭に叩き込んだら時間を戻す。問題を見る時間は3分弱と決めている。そして、10分前に戻り試験開始まで7分ある時間の間にその見た問題を見てどんな問題だったのかを叩き込む。それでも難解の問題があったら一旦試験を終わってからすぐに教科書や問題集、ノートからその難解の問題の解き方を見つけてすぐに時間を戻す。そうすることで難解の問題でも解くことが出来るというわけだ。
その結果、テストの点数は87点と来た。一部に解けかった問題があるが10分しか余裕がないためにこれは仕方ない。何度か頭いいんだから勉強を教えてくれと多くの人が来たことがあったが俺はそれをすべて拒否した。なぜなら、俺の学力の結果で得た点数ではないからだ。テスト問題を知るということで得た点数なのだ。俺には人に教えるほどの学力を持っていない。
授業後、飯を食べるために学食にやってくる。券売機には長蛇の列ができているがこれに並ばないと食べられる飯も食べられない。ランチを確認して何を食べたいか決めてから並ぶ。ようやく券売機の前までやってくると食べようと思っていたCランチが売り切れとなっていた。ただ時間を無駄にして並んでいたことが腹が立つ。
「戻れ!」
周りからすれば何を叫んでいるのかと思っているかもしれないが、それもすぐに忘れる。俺は列に並ぶ前の時間に戻ってくる。列の後方に並んでいた。
「購買の売れ残りのパンにするか」
そうぼそっと呟いて列から抜ける。
購買には予想通り不人気の謎パンしかなかったが腹に入れば何でもいいとそのパンと水を買って先に教室に移動する。
10分だけ時間を戻す能力で俺はこれから起こりうることを変えることが出来る。そもそも、変えたいと思わない限りこの能力は使わない。ふと気になったのがこの10分だけ時間を戻す能力を使って時間を戻したとして起こる結果は俺がアクションをしなければ何も変わらないのか試したこともあった。実際のところ俺が何もしなければ何も変わらず同じことを繰り返した。そこに例えば、講義中に俺が突然立ちあがって周りの注目を集めたとして10分時間を戻すと何も起きない。この力によって出来事を大きく変える主導権を持っているは俺なのだ。
例えば、ある人物があいつを殴りたいと言ったとして宣言通り殴ってから俺が時間を戻してもそいつはその殴ったという記憶は10分巻き戻ってしまい再び殴りたいと言ってくるのだ。
10分戻らないのは俺の意識と記憶だけなのか本当のところが知りたいと思った俺は帰りの電車の中でたまたま隣にいた人の頬をつねって怒られてから時間を戻した。それからその人に話しかけてもその人は困ったような顔を浮かべるだけだった。つまり、これでこの時間操作は俺だけの物だ。
この能力のおかげで俺はミスを恐れない。ミスしたとしても時間を戻してそのミスをしないようにすればなかったことになる。
学生実験中に器具を不注意で割ってしまったのなら、10分前に戻って割らないように意識すればいい。
通販で買いたくないものを間違って買ってしまったら、10分前に戻れば買っていない。
抗議の課題をやり忘れているのに講義が始まってから気づいたら10分前に戻って10分で終わらせればいい。
気になる女がいたら告白してみる。もし、ダメだと言われたら10分前に戻ってなかったことにすればいい。
ただ、不便なのは10分しか戻れないということだ。これは何度も試して時間を確認しても変わらない。きっかり10分だけだった。
10分だけとなるとやれることはかなり限られてくる。もし、30分戻ることが出来るというならば、テストももっと完璧にできるはずだ。10分というのは小さなワンフレーズのミスを帳消しすることくらいしかできない。贅沢は言ってられない。