覚醒の理解
4月。
「新入生の諸君入学おめでとう。私が学長の・・・・・」
日本武道館を貸し切って入学式をするとかやっぱり大学の規模が違うとひとつの行事に対する金の掛け方が違うなと感心してしまう。1階のパイプ椅子に腰かけながら慣れないスーツを着て入学式に臨んでいる。
そう、俺は第一希望の大学に入学することが出来たのだ。成績優秀ということで学費免除の特待生までとることが出来たのだ。それもすべては2か月前の試験会場で突然覚醒した俺の能力のおかげだ。俺は自分の意思で10分だけ時間を戻すことが出来る。この2ヶ月で多くのことを試してこの能力に利点と欠点を大方把握した。
まず、基本的なことからだ。戻せる時間は10分だけでそれ以下でも以上でもないこと。そして、10分という時間を戻らないのは俺の意識と記憶だけだ。これが利点だ。記憶は巻き戻ることはない。だから、テスト中に問題を見て10分時間を戻ってもその問題は俺が忘れない限り覚えているのだ。しかし、時間が戻ると俺の体は10分前にあった場所に戻る。つまり、時間が戻るとその時間にいたところにすべてが戻るのだ。これが欠点。例えば、寝坊した遅刻してしまう。電車に乗り遅れたくないと思って10分時間を戻しても距離を稼ぐことはできない。つまり、使いどころが非常に限られるということだ。
発動条件は2か月前の試験中に何度か試した。まず、最初の試験が終わって45分間の休憩時間に入ってすぐに赤本を手に取ってすぐにある問題を解きミスったことに気付き、すぐに時間を戻したくなって目を閉じて小声で「戻れ」と呟くと変な耳鳴りの後に目を開けるとまだ試験をしていた。残り8分ほどだったので解き間違えた問題を直した。そこで俺の時間を戻す能力が本物であることを知った。しかし、次の試験開始前では能力を使うことが出来なかった。理由は分からなかったが、得意教科だったので特に苦ではなかった。
その後の試験では開始5分前に戻ってくることが出来た。つまり、この能力は連続で使うことが出来ない。インターバル、クールタイムのようなものが存在していてボンボン連続では使うことが出来ないということが分かった。試験時間と休憩時間からしてそのインターバルは1時間強と言うことになる。
それを分かったうえで効率よく試験の問題を解きなおしたりしたおかげで大学には受かりこうして入学式を迎えられているのだ。
「これにて第○○回△□大学入学式を終了させていただきます。指示があるまで・・・・・」
だるいだるい入学式が終わって俺は体を伸ばす。
ちなみに10分の時間を戻すことが出来るのならその逆もできるんじゃないかと思ったことがあった。だが、それはできなかった。しかも、使い勝手の悪いこともある。
例えば、電車の中で寝ていて乗り換える駅を降り過ごしてしまった時に10分時間を戻しても俺は寝ているのだ。意識と記憶はその時間の巻き戻しの影響がなくても俺の体自体には影響があるのだ。つまり、能力を使うときはその10分前に何をしていたかを把握していることが重要なのだ。
「では、D列の席の方々は退館してください」
俺の座るD席に指示が出て俺はだだっ広い日本武道館から出るとそこには満開の桜がお出迎えしてくれる。思わず、写真を撮ってしまう。酔いそうなくらいの人の量で頭がおかしくなるかと思ったが自然があるとそんなのも忘れ癒される。するとスーツ姿の女性集団がみんなで桜の前で記念写真を撮ろうとしているが誰がカメラマンをやるのかで少しもめている。
ここは俺の出番だな。
「あ、あの」
声を掛けると一斉にこちらを見てくる。
「よかったら撮りましょうか?」
するとひとりの女が少し困ったような表情を浮かべる。何を戸惑っているのかと思ったら後ろから声がした。
「ごめん。なかなか人ごみから抜け出せなくて」
イケメンの男が数人やって来た。
「す、すみません。あの知り合いに撮ってもらうので」
そう言って一礼する。俺は逃げるようにその場から離れると、「遅い~」「ごめん、ごめん」とバラ色の声がして腹が立った。なんか俺が恥をかいたみたいで腹が立った。
「戻れ!」
そう叫ぶと目の前が暗くなり耳鳴りの後に視界が良好になると俺は再び武道館の内にいた。
「また、あの人ごみを進むのか・・・・・」
今度はあの満開の桜を見て癒されないだろう。