恐怖と再会
8月。
10分だけ時間を戻す能力が目覚めて間もなく半年がたとうとしている。大学生として初めての長期休暇夏休みだ。俺の大学1年生前期の成績がどんな感じなったのか別に気にしたことではない。返って来る成績はこの10分時間を戻す能力を屈指して今までにない破格なものになっていることだけは違いない。きっと、それを親が見たら腰を抜かすだろう。俺がそんな成績をとったら病院とか連れて行かれそうだ。ただでさえ、大学に入学しただけで大騒ぎしていたんだし。
合格したその日はまるで祭りのごとくパーティー気分で祝ってくれたが俺はその祝いに乗れる気分ではなかった。
俺はこの半年間、彼女のことを忘れたことはない。あの謝った日以来、俺は彼女に会っていない。一応、連絡先を持っているが一度も連絡したことがない。逆に向こうから一度も連絡してきたこともない。
結局、俺たちの関係は高校卒業と同時に終わりということを示している。それもそうだ。あんな誰にでも明るく接することのできる彼女がいつまでも俺みたいな暗い奴のことを相手にするわけがない。
ここは昔のことはぱったりと忘れるために連絡先を削除しようとも考えた。でも、消した瞬間ものすごい後悔と孤独感に襲われて耐えられずに10分時間を戻して消さない今でも残っている。
この10分時間を戻す力も俺の生活の一部となりつつある。
この半年でこの力があってよかったと思ったのは告白した女の子が別に俺には何の気もなかったことが分かり気違いで勢いで告白してしまったことをもむ消すために使ったこと、店員の命より金を優先する店長へ復讐できたり、後は面倒な連中に絡まれるのを10分戻して交わしたり、新商品のおにぎりをただで食べられたりと、そのくらいだ。
逆にこの力のせいで自分のガキっぽさに軽蔑した時もあった。ただ欲求のために使い空振りに終わったり、自殺からすくった子に痴漢扱いされるし、事故を未然に防いだのに非常識扱いされるし、好きだった女の子の悪魔の一面を知ってしまったり、軽い気持ちで能力を使いインターバルの間に顔の知る人物が交通事故で死んだり・・・・・・。
その精神的ショックでもみあいになった時に電車にひかれてしまった少女。あれは俺のせいだ。俺がひとりの罪のない人を一度殺したのだ。一度ではない。二度だ。その罪は消えることはない。
この力は何のためにあるのか。それは自分のためだと俺は思っていた。だが、この能力に俺以外にも多くの人物たちが大いに影響を受けている。そのせいでこの世から消えてしまった命もあった。
神様は一体どういう経緯で俺にこの力を与えてくれたのだろうか。
いたずらや気まぐれだったら俺は神様を恨む。
どうしてこんなに悩まないといけないのか理解に苦しんだ。
ムードメーカーが死んでしまったその日、俺はこれからどうすればいいのか悩んだ。悩みに悩んだ。
この能力を使わないと能力に依存してしまった今の生活が送ることが出来ない。特に大学の講義のテストとかはこれがないと俺は話にならない。後に控えていた期末テストに対応できない。自力でやろうと考えて必死に勉強をしたが気付けば無意識に俺は能力を使っていた。テストが終わったころに気付いて俺は青ざめた。
きっと、周りの奴はあの成績のいい奴ですら青ざめるんだから今回のテストは想像以上に難しかったんだろうと思うだろう。その日も同じように悩みに悩んだ。
だが、くよくよ悩んでいては何も始まらない。
冷静にことを分析すれば、10分時間を戻す能力で変えられない流れというものがある。俺がテストを見るだけでは大きくその10分で変わることは何もないだろう。だが、それでも怖かった。それだけでどこかで流れが変わるんじゃないかと。あのムードメーカーも大きく流れが変わった。きっと、俺に訊こうと思っていた部分があって俺がいないことせいでみんなで解くのを諦めたのだろう。そういう流れがあったのだ。それを見据えることのできなかった。俺の責任だ。
後悔と責任感で潰されてしまいそうだった。
それでもテストで能力を使うことは癖となってしまっている以上、抑えることはできなかった。人は一度楽な道を見つけると依存してしまう。俺の場合はこの力を使うことで楽な道を選び続けていた。きっと、これがその代償なんだろう。
「・・・・・暑い」
バイトもやめてしまいすることのない俺はただボーっと部屋に転がるだけの生活をしていた。行動を起こさなければこの能力を使う機会も自然と減る。暇なときはストレスとためず10分時間を戻す能力を使う必要のない読書に明け暮れる毎日。だが、毎日のように本を読んでいれば在庫が尽きる。
そうなれば、外に出るという行動を起こさないといけなくなる。親に頼めば、自分で買いに行け学生ニートと言われる始末。頼める友達もいない。
「・・・・・友達か」
彼女は元気にしているのだろうか?
スカスカの電話帳の一覧に乗っている彼女のアドレスと電話番号を見て思う。あの受験以来会っていない彼女はきっとたくさん友達がいて彼氏でも作って海にでも遊びに言っているに違いない。きっと、今の俺とは真逆だろう。夏なのに白い肌に疑問を感じるだろう。
つい、ため息がこぼれてしまう。関われば、俺の能力の犠牲になるかもしれない。彼女だけは巻き込みたくない。
・・・・・でも、仮に彼女が大学に合格して共に大学生生活を過ごすこととなったら俺はこの能力を彼女にだけは伝えていたかもしれない。きっと、笑われて信じてもらえそうにないが彼女だったら悪い気はしない。
「会いたいな」
だが、連絡する勇気はない。
「出かけよ」
俺は何も考えずただそう思った。どうせ、駅前の古本屋に行くだけだ。俺はその間に何も見ないし、何も感じない。いや、違うな。俺は何も見れないし、何も感じられない。見ることが感じることが怖い。
何にも関心を持たない俺の目はきっと、誰もが死んだ魚のような眼だというだろう。行っても別に否定しない。きっと、俺自身もそうなっているだろうと思う。
日差しが最も強い昼過ぎならば人の通りは少ないだろうと思っていたがこれが俺に嫌がらせをしているんじゃないか思うくらいの人通りだ。日差しを避けるように連絡路に集まる人が鬱陶しい。それは密集して暑苦しいというのと人と関わりたくないという二重の意味で鬱陶しい。
こんなことになるくらいだったら本は通販で適当に買えばよかった。でも、今日一日暇になるし、一度手に取って読んでみないと買う気にはなれない。そもそも、通販で買う中古の本に信用性なんて微塵も存在しない。そうなれば、外に出るしかなくなる。
とにかく今は冷房の利いた涼しい店の中に入りたい。
そんなことを思いながらもなるべく人と関わりたくない俺は人と肩をぶつけないようになるべく空気になり目的地に向かう。古本屋はとあるショッピング施設の一角にある。夏休みにもなれば家族ずれの客もちらちら見ることが出来る。それをほぼ無視して古本屋に直行する。
ああ、涼しい。
今の俺にある幸せはこういう小さなものしかない。寂しいものだ。
涼をとるには座ることのできない古本屋は不人気なのか人は言うほど多くなかった。人の間をすり抜けるようなことはなく俺がよく読むような本が並ぶエリアにまっすぐやってくる。
タイトルの第一印象で本を手に取って本を読む。かぶっている帽子に汗が溜まり気持ち悪いので脱いで持ってきたバックに押し込む。冷房の風に汗が冷やされて逆に震えが起きる。冷房利き過ぎじゃねっと思いつつ本をむさぼる。バイトを止めて財布に余裕のない俺は買う本を慎重に選ぶ。そのせいで俺は周りが見えていなかった。
「ねぇ。・・・・・・ねぇ、ねぇ」
それは明らかに誰かに話しかけるための呼び声だった。果たしてそれが俺に向かられているものなのか視線も思考も本に向けていた俺には分からなかった。気になって目をその声の方に向ける。そのちょっとした行為だけで俺は後悔を覚える。だが、この程度の動きだけで後悔していたら精神力がもたないと思う。しかし、その声には聞き覚えがあり周りの人の量からしても俺に向けられたものだと感じるのは無理もない。
声のした方を見て俺の思考がぴったりと回路が切れたみたいに止まった。
「ひ、久しぶりだね」
会うのは合格発表以来、半年ぶりだ。
俺と親しく友達以上で恋人未満の関係を保っていた女友達の彼女がそこにいた。
気は透かしそうに笑顔を向ける素顔は何も変わっていなかった。冷房の風で見ていたページがめくれる。同時に冷風の影響の震えが起きるが、果たしてそれが冷房のせいなのかは俺自身にも分からない。
思考回路が切れている今の俺でも分かることはただひとつ。
今、会いたくない人物だ。




