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後悔と恐怖

 なくなってしまった命はもう帰ってこない。割ってしまったお気に入りの皿がもう手元に戻ってこないのと同じように。

 7月。

 まるで季節が途中で止まってしまったかのようにしとしと降り続く雨の中傘をさした人たちがひしめき合う中、救急車に乗せられてムードメーカーは運ばれて行った。ワザとではなくともふざけてそのムードメーカーを押してしまったひとりの女の子が雨に打たれながら泣きわめいている。自分のせいで大怪我を負ったと責めている。それを周りが必死になだめる。その場にいた誰もが冷静ではいられなかった。現場を見てしまった俺も同じだ。

 戻れ。戻れと何度もつぶやくが戻るはずもない。まだ、能力が使えるまでは30分近く時間があった。30分たった後に10分時間を戻したところで結果は変わらないだろう。

 俺は初めて自分の力のなさに失望した。

 それからゾンビのように俺はふらふらと家に帰った。そのまま布団の中に潜り込んで丸くなった。忘れたかった。早く忘れて楽になりたかった。でも、いざ眠りにつくと蘇ってくるのはあのムードメーカーと真実である俺の能力について話したことがすべてのきっかけであったのかもしれない。

 そのせいで死んじゃないかどうしてくれるんだというあの半目だけ開いた人形のようなムードメーカーが俺にささやく。湿気が俺を包み込むせいでその恐怖がさらに増幅されて気持ち悪い。


 お前のその能力のせいだ。その能力を使わなければあの場にいなかった。まだ、学食で勉強をしていた。あの横断歩道にはいなかった。車に轢かれることもなかった。どう責任をとってくれるんだ。


「ああああぁぁぁぁぁ!」

 飛び起きて荒くなった息を整える。

 俺は初めてこの能力も持っていることに恐怖をおぼえた。この能力は10分だけ時間を戻すだけではない。ただテスト問題を見るものでもない、ただ飯から言い逃れるための物じゃない、面倒事を交わすものでも告白して断られたのを無かったことにする物でもない。

 俺はこの能力で人の命そのものを左右できる。自殺した女の子もそうだ。10分戻したおかげでそばかすの子は死なずに済んだ。この力によって左右された命のひとつだ。そして、あのムードメーカーも。この力のせいで一体どれだけの人が犠牲になっているのか。考えるだけ気持ち悪くなった。

 その夜は悪夢に俺は悩まされる。

 次の日の朝、起きてリビングに降りてきてテレビでやっていたニュースには大学生、学校前の校門で轢かれて死亡という見出しだった。轢いた運転手も亡くなっていた。結局、俺はふたりの命を救えたかも知れなかった。

 後悔よりも強い言葉が存在するのなら使いたくらいだ。

 すべての始まりは5か月の入試試験から始まっていたんだ。俺があの時、能力を使ってしまったせいでこの大学に入学してしまい、そのせいで落ちてしまった彼女のことを考えて孤立を選んでしまい、大学のテストで能力を使い好成績を叩きだしてしまった。それらが積もり積もりに重なったせいでムードメーカーにひとりよりもたくさんいた方がはかどると話しかけられた。特別な勉強方法を教えてくれと聞かれた。すべては俺の時間操作のせいだ。そのせいでこれから起きるはずもないことが起きてしまった。

 すべては俺の手の中にあったんだ。これから俺が操作する10分という時間とその後の出来事はすべて俺次第だったんだ。この世界は俺の手中にある。

 今日も学校に向かう。慣れない。気分の悪くなるホーム内の雑音に俺はイライラする。 構内に流れるアナウンスにさらに腹が立つ。電車が10分遅れているというものだった。

「たかが、10分遅れてるくらいでアナウンスしなくてもいいのに大げさだな」

 と目の前のサラリーマンが呟いた。普段の俺だったら気にしなかったかもしれない。

「何がたかが10分だよ。そりゃ大げさになるよ!」

 思わず怒鳴ってしまった。サラリーマンは異常なまでの言い返しをする俺に驚いて振り返る。

「大丈夫だって。たかが、10分遅れても代わりの電車は来るって。気にすることじゃない」

「そんなことない!」

 その10分という時間にどれだけの人たちに影響されているか分からない。もしかしたら、命に関わっているかもしれない。俺はそれをこの能力を使っているから知っている。気にすることじゃない。そんなはずあるか。

「たかが10分だ。されど10分だ。人には短い時間かもしれないが、そのたった10分で運命を大きく変えてしまった者たちがいるんだよ!」

 生きていたはずなのに俺と話していたはずなのに死んでしまったんだ。俺の目の前で。

「何を言っているだ?」

「それをたかが10分という時間において左右されるんだよ!大げさになってもいいだろ!」

「あー、分かった、分かった」

 するとサラリーマンはめんどくさそうに相槌を打った。きっと、俺だってそうだ。たった10分の時間にことでとやかく言われる筋合いはこのサラリーマンにはないからだ。電車の10分という時間の遅れを作った鉄道会社にあるからだ。

 しかし、今の俺にいつもの冷静さはない。

「なんでそんな風に軽く流してんだよ。たった10分だけやることが違っただけ人が命が」

「鬱陶しいな。いちいち細かいことでうじゃうじゃ言うな!そんなこと俺が知ったことか!」

 そのままサラリーマンは俺を押し倒した。

「細かいことだ?俺は死ぬほど考えたんだぞ!そんな風に言っているじゃねー!」

 俺はすぐさま立ち上がってサラリーマンを殴り飛ばした。その勢いのせいでサラリーマンの前にいた女子高生が線路に押し出された。10分遅れの電車が入ってきていた。

「ま、待て!」

 俺が手を伸ばすが電車はブレーキ音と汽笛を鳴らしながら全く関係のない女子高生をひき殺した。その際に宙に舞ったバックが俺の前の前に落ちてきた。紺色の革製の学生バックには血がべっとりとついていた。

「お、俺のせいだ」

 まただ。

「俺のせいだ」

 ホーム中が大混乱となる。俺はその中でただ膝を落とした。

「戻れぇぇぇぇーー!」

 その叫び声と共に目の前が真っ暗になって耳鳴りのした後に視界が明るくなる。

 そこに広がったのは電車が遅れているというアナウンスが流れる前だった。これ以上ここにいるとまたこの10分という時間をいじったせいで新たな命が消える気がして怖かった。また、その事実を見るのが現実を見るのが嫌だった。これ以上、俺の時間操作のせいで命が左右されるのが嫌だった。

 そのまま電車を待つのを止めて流れる人とは真逆に進んだ。

 俺はその日、学校を休んだ。

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