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後悔の後悔

 7月。

 梅雨が明けたと1週間前に天気予報で言っていたのにも関わらずこの数日どんよりとした空気が漂っている。この時期は期末テストか近づくそれぞれ仲良くなった仲間同士で勉強をしている中、俺の孤立がほぼ確定し始めて授業の間の暇なときは惰眠をむさぼるようになってきたのはこの頃だ。大学構内は心地よく勉学に励めるように空調は程よく設定されている。それはこう暇な時間帯だと快適な睡眠環境になる。ジメジメとした湿気もあまりなく涼しいので本当に快適だ。

 講義が少し長引いてしまい、走って駅に向かっても電車には間に合わない。傘では防ぎきれないところがべたべたして気分の悪い中、ホームで電車を待つくらいならこの快適な空間でくつろいでから帰るとしようと人の少ない学食の窓際のカウンター席に座って眠る。

 俺の唯一の安らげる時間でもある。

 それを邪魔する存在がある。

「見っけ!起きろよー!」

 俺の快適な惰眠を邪魔する存在にこの時期俺は悩まされていた。

「そんなところでひとりでいないで楽しくやろうぜ」

 こういうタイプは学校のクラスにひとりはいる奴だ。周りを先導し、暗くて重い空気を軽くするムードメーカー。俺の所属する科においてはこいつがその位置に値する。俺とは逆で誰からの願いでも正面からぶつかり、ひとりでいることを好まない情熱的な奴だ。別に悪い奴ではないということは分かっている。ただ、俺はこういうその場のノリと勢いに任せるような奴は好きではない。この時間を戻す能力を使って生活するようになってからそのタイプの嫌悪がさらに強いものとなった。

「邪魔するな。今は俺の一番最高で幸せな時間なんだ」

「そんな固いこと言うなよ!」

 そう言って強く背中を叩く。向こうは悪乗りやっていることなのだろうがこっちとしては非常にめんどくさい。

「実はさ、さっきから向こうで来週の期末テストに向けての勉強をみんなでやっているんだけど、君がいた方がその勉強もはかどると思うんだよね」

 それが目的か。

 6月前半に集中していた中間テストの結果の優秀者がいくつかの科目で発表された。その時にほとんど・・・・・というかすべてにおいて俺の名前が挙がった。そのおかげでこういう勉強を教えてくれという奴が後を絶たない。それで俺が返す答えはこいつも知っているだろう。

「嫌だね」

 それだけを告げて顔を伏せる。

「そんなこと言うなよ。いくら成績優秀の君でもそれは勉強という努力の副産物によって得られた結果だろ?だったら、それをより効率的に行うにはたくさんの考える脳が必要だと思わないかい?」

 こいつの言うとおりだ。俺一人で理解できない問題があったとしてそれを複数の奴で解いて行けば、理解する時間の短縮になる。いわゆるパソコンで言うと演算するための人が増えたということになる。解答を導き出す時間が短くなる。それは楽だ。

 だが、その演算の頭数に俺は入らない。俺の好成績はこの10分だけ時間を戻す能力あっての物だ。こんな能力を使い、インチキをしていると知られたらテスト前の時間に戻ったとしても追い込みの時の邪魔にしかならない。どんなテスト問題が出たのか絶対に聞かれるからだ。ひとりに知られれば、それはあっという間に感染力の強いウイルスのごとく広まっていくに違いない。最終的にはそれは講師の方にもこの能力を知られたら、俺はおそらく処分される。停学か退学か。どちらにしてもこの能力の露見にメリットはほとんど存在しない。

「俺は別にいい。自分なりの方法があるから。お前らがいるとかえって邪魔だ」

 するとこのムードメーカーは予想外の行動に出た。

「分かった。なら、諦めるよ」

 素直で驚いた。

 でも、これに何か裏があるとはすぐに意図できた。

「ならさ、その君の勉強方法というのは教えてくれないかい?もちろん、誰にも言いふらしたりしない」

 嘘くさい。

 普段、印象がいい奴に限って腹黒いというのはこの能力を身に付けてから経験で分かった。こいつは絶対に秘密を守らない。そのこいつと勉強をしている集団には必ず共有するはずだ。だが、そのメンバー全員がその秘密を守るとは限らない。能力の露見と俺の学生生活の安定が脅かされる。

 ・・・・・だからどうした?

 そもそも、この能力がなければ俺はこの場にいない。彼女がいたかもしれない。だったら、言ってもいいんじゃないのか?

「そうだな。誰にも言わないのならな」

「分かった!絶対に約束する!」

 目の色が変わる。人のあまりいない学食の注目を浴びるがすぐに元に戻る。

「誰にも言うんじゃないぞ」

「分かってるって」

 そう言って隣のカウンターの席に座る。

 信じてもらえるかどうかは分からない。たぶん、頭のおかしい奴だと思われる。俺にとって不愉快な展開になったらどうするかは分かっているだろう。

「俺はある能力に目覚めている」

「・・・・・はぁ?」

「10分だけ時間を戻す能力が俺は使える」

「・・・・・はぁ?」

「その能力を使ってテスト問題を一度見ている。だから、俺の勉強方法は基本的にその能力を最大限に発揮できるように主題される問題の形式や過去問を抜き取ってノートにまとめることくらいだ」

「ちょ、ちょっと待ってくれる」

 信じていないようだ。それもそうだ。俺が逆の立場なら二度と話しかけたくなくなる。

「何?10分時間を戻す能力って?」

「そのままの意味だ」

「バ、バカなのか?」

「はぁ?」

「いや、もっとこう君にしかできない方法で大量の情報を頭に流し込んでいるから人にはまねできない。邪魔になるだけだってことかなって予想していたんだけど、予想外の回答に少しこっちも頭に来たよ」

 心外だな。俺は事実を述べたまでだ。

「それとも自分よりも成績の悪い奴を見下すためにバカにしているのか?」

 ああ、そう感じとるか。確かに言われて納得する。真面目に勉強方法を教えてくれと頼んでいる相手に時間を10分戻してテスト問題を見ているなんて完全にバカにしている。でも、俺はこいつの言うとおりにした。

「バカにしていないし、俺はお前の言うとおりに言っただけだ。もういいだろ」

「ちょっと、それだと納得できない」

 引き下がらない。頭にくる。秘密にしていた能力を教えたのにもかかわらずなんだその態度は。

「そんなのはないとか言いがかりをつけられても俺は何も悪くない。こんな回答はおかしいと思うのはお前の想像不足だ。人にはそれぞれ能力がある。俺はそれがただ少し特殊なだけだ。お前ら凡人と違うんだよ」

「いい加減にしろよ!」

 出た。その明るくてムードメーカーのお前の本性か。これ以上騒ぎが大きくなるのはめんどくさい。

「戻れよ」

「どこにだよ!」

 お前に言っていない。

「戻れ!」

 毎回慣れたように目をつぶり耳鳴りの後に目を開ければそこは10分前の世界だ。しとしと降り続く雨。俺は眠気に抑え込まれている体を無理に起こして帰ろうとする。このままここにいたらあのムードメーカーがやってきて必要なまでに迫られて、本当のことを言ったのに逆切れされるという面倒なことから逃げるように学食から出る。

 俺はこの10分だけ時間を戻すこの能力を使うことに後悔をしたくないと考えている。使って後に自分の心が気持ち悪くないような結果になるように常に心がけているつもりだ。テスト問題を見てから勉強するというのはインチキだとは思っているがそれは俺がこの学校で生き残るためのひとつの手段として加算されているのと、最初に能力を使った手段として定着しているせいで使っていて気分が悪くならない。今回のように時間を戻す前の出来事が気に入らなくて時間を戻すというのは心地よくない。この力はなるべく計画手に使うべきで連続で使うべきじゃないと思っているからだ。なぜなら、この力が万能ではないからだ。

 戻せる時間は10分。インターバルは1時間弱。そして、使用制限の可能性。いつかは使えなくなる可能性だってある。それを考慮すると今日のような軽はずみでの能力使用は控えるべきだと考えている。

 しとしとと雨の降り続く外に出てただでさえ低いテンションがさらに低くなっていく。傘をさして大学の敷地から出てすぐの信号待ちをしている時だ。その軽はずみで能力を使ったことに俺は後悔を覚えたのはこの日が初めてだ。

 すぐ隣が騒がしいなと思っていたら同じように信号待ちをしていたのはあのムードメーカー率いる仲良しグループだ。俺が10分前とは違う行動をとったがために彼らもまた別の行動をとってしまったようだ。何度もこの能力を使っているおかげで別に驚きも何もない。

 気付かれないように信号待ちをする。傘が雨をはじく音を聞きながら信号が変わるのを待つ。大学前の信号付きの横断歩道は車の通りは非常に多い。さらに数十メートル行ったところには十字の交差点があってそこに信号に間に合わせようと車が全速力で過ぎ去っていく。

 雨が降っていて路面がすべやすくなっている危なくないのだろうかと考えていた時だった。

「ちょっと!待てって!アブねーだろ!」

 それはふざけている声だ。

「わぁ!」

 それはふざけている声ではなかった。

「危ない!」

 それも普通ではない明らかに危険を伝えるための声。

 俺は思わず声のした方を見た。そして、俺は後悔する。後悔は主にふたつだ。ひとつはその声に反応して思わず見てしまったことだ。俺の目に映ったのはふざけて押し合っていたせいかあのムードメーカーが路上に足を滑らして尻餅をついて転倒していた。そこに迫っていたのは変わりそうな信号を目指して速度を出していた乗用車だ。タイヤのゴムが擦れる音と共にブレーキを掛けるが間に合わずそのまま、ムードメーカーは何もできずそのままボールのように跳ね飛ばされた。ハンドルを切った乗用車は反対車線の電柱に激突する。

 騒然とする交差点にひとりの女のキャーッという悲鳴と共に現場は騒然となる。

 跳ね飛ばされたムードメーカーは頭から血を流し口から血の塊を吐き出して半目の状態で倒れたまま動かない。その半目が俺の方をただじっと見ているように見えた。怖かった。あれが死ぬかもしれない人の様なのかと思うと怖かった。流れ出る血が雨に現れて薄くなっているせいで半目を向いた人形のようになってしまったムードメーカーの姿にさらに怯える。

「戻れよ」

 俺は強く思う。

 俺がただ自分の虫の居所をこいつのせいで悪くなったから。

 能力のことを本当のことを言って信じてもらえず逆切れされた態度が気に入らなかったから。

 騒ぎを起こされると面倒だから。

 そんな軽率な理由で俺は能力をつい数十分前に使ったばかりだ。それがふたつ目の後悔。俺ならば救えた命だった。

「戻れ。目をつぶったぞ。早く耳鳴り来いよ」

 願っても来ない。分かり切っていることなのに何度も挑戦する。

「戻れ。戻れ。戻れ。戻れ。戻れ!」

 だが、時間は戻らない。

 それが普通だ。

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