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(6)

 意外な言葉に、あたしは思わず眉間にシワを寄せる。


「神や精霊達が?」

「人間の命を奪い続ける事を見過ごすわけにはいかない。王として」


 人間の命を奪う? 奪うって?

 ……あぁ、そういう事か。


「ヴァニス、嵐や水害で犠牲がでる事に関しては……」

「その事ではない。いや、もちろんそれも重大な問題のひとつで、関連はあるのだか」

「どういうこと?」

「この世界の自然は神が作り出した。それらは当然、人間のために存在しているわけではない」

「ええ、そうよ。そのとおりだわ」

「自然は、精霊は、精霊自身のために存在する。人間が人間自身のために存在するように」

「ええ」

「さすれば彼らにとっては当然の理に叶った行動が、我ら人間に害する事もある」


 ええそうね。災害って結局そういう事よ。

 別に自然に悪気があって、水害になるわけでも嵐が起こるわけでもないわ。

 ただ起こるべくして起きてしまうのが災害よ。


「だが実際に災害が起きれば、我ら人間の生活は壊滅状態だ。多数の人命が失われ、生活基盤は粉砕される。非力な人間にはそれに対抗する手段が無い」


 その通りよ。

 あちらの世界は防災に関して一応こちらより対応が進んでいるけれど、それでも基本、来る者は拒みようがないってのが現状だわ。

 自然の威力に対抗する事なんて、人間にはできない。


「そう。できないのだ。人間にはその力が無い。だから」

「だから?」

「だから太古、人間は神に救いを求めたのだ」


 神に救いを?


「人間は神に祈った。助けて欲しいと泣きついたのだ」


 あぁ。うん。

 雨乞いとか豊作祈願とかの神事の事ね? あるわよ。そういう事はあちらの世界にも普通にたくさん。


「精霊達は神の眷属のような存在だ。自然の力をどうにか出来るのは、この世界に神しかいない」

「えぇ。そんな事が可能なのは神様ぐらいのものだわ」

「神は人間の願いに応え、救いの手を差し伸べた」

「人間を寵愛してるものね。そりゃ救ってくれるでしょう?」

「雫の世界でも、そういった儀式はあるのか?」

「あるわよ。本当に型通りの儀式化しちゃってるけど」

「その際に神に捧げ物はしないか?」

「するわよもちろん。お米とかお酒とかお塩とか」

「他には?」

「果物とか野菜とかお魚、とか……」


 一瞬、ちらりと胸に嫌なものが走った。

 捧げ物。供物。魚、羊、牛、豚。

 それらを捧げ、人々は神に救いと慈悲を求め祈りを捧げる。

 大抵はそれぞれの地域で最も神聖だといわれる、大切にされてきた生き物の命。


 ……この世界において、最も神に寵愛され、大切にされている存在は?

 ヴァニスは瞬きもせず、あたしを見据えながら言った。


「神は願いを叶える条件として捧げ物を要求した。我ら人間の命を」


 あたしは息を呑み、目を見張り、声を失った。

 生贄? 人身御供? 神が!?

 ありえない! 神が、人間を愛する神がその人間本人の命を奪うなんて!


 モネグロスの優しい笑顔が心に浮かんで、あたしは思わずテーブルを叩いて叫ぶ。


「そんなのありえない!」

「それがこの世界の現実なのだ」

「だって、おかしいわよ! 理屈に合わないわ!」


 救うために命を奪う!? 本末転倒だわ! しかもこよなく愛する人間の命を!?

 そんなのおかしい! どう考えても道理から外れているでしょう!?


「理屈には合っている。神は悪意で人を殺すのでは無い。純粋にその必要があるからだ」

「必要ってどんな必要よ!? 人の命を奪う、どんな必要があるっていうのよ!?

「自然の力を捻じ曲げるという事は、神でさえ膨大な力を使わねばならない」

「膨大な、力?」

「精霊には、精霊の摂理があって動いている。神が「やめろ」とひとこと言った程度では『摂理』というものは微動だにしない」


 『摂理』

 そ、れは、確かに、簡単に変わってもらっては困る。

 世界の摂理を神様の気持ちひとつで、コロコロ変えられたら堪らない。

 それじゃ世界が崩壊してしまう。


「膨大な力を行使するためには、それに相応しいだけの代償が必要なのだ」

「その、代償が?」

「この世界で最も神に愛される貴重な存在。つまり我ら人間だ」

「あ……」


 モネグロスとジンが言っていた。神とはいえ簡単に他種族に介入できないって。 それが摂理だって。

 本来、曲げてはならないものを無理やり曲げる。そのための代償を、人間は払わなければならない。


「そ、それがどうして人間の命でなきゃならないの!?」


 別に米でも塩でもいいじゃないの! 魚や馬や牛じゃダメなの!?


「救いを求めているのは人間だぞ? 自分達の願いを叶える為に、他種族の命を犠牲にするのか?」

「う……」

「そちらの世界ではそうかも知れぬ。だがこちらの摂理は違うのだ」


 そ……そ……


「そもそも何で命なの!?」


 なんで!? どうして!? 

 別に命まで奪うこと無いじゃないのよ! 他に方法あるでしょう!?

 舞いを納めるとか! 音楽を捧げるとか!

 お賽銭をあげるとか、神殿掃除の御奉仕、と、か。


 ……。

 それで叶えてもらえる程度の願いなら、誰も苦労はしない。

 大きなものを手に入れたければ、払う代償も当然大きくなる。

 寝てて金メダルは取れないし、ノーベル賞も手に入らない。


「神様なのに……」

 あたしはガクリと力を抜いて呟いた。

 神様なのに。偉大なる神なのに。なのに、奇蹟を起こしてはくれないの?


「何度も言ったはずだ。神だ精霊だからといって特別でも偉大でもない」


 あぁ、分かった。ようやく。

 やっとその意味が、分かった。 痛いほど。


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