(4)
な、なにそれなに!?
『会いたい一心』って、そりゃ事実関係だけでいえば、確かにその通りなんだけど!
なんかニュアンスが微妙に、隠し味的に変化してない!?
「それほどまでに余に会いたかったか。待たせて済まなかった」
「いやあの、だから……」
「許せ。いかに余自身も雫に会いたかったとはいえ、王としての執務が優先なのだ」
「あ……の……?」
「だが、やっとこうして会えた。心配したぞ。雫とこうして再び話せる時を余も切望していた」
ヴァニスの表情は真剣だった。別にからかっている様子でも、ふざけている様子でもない。
だからこそ、あたしは戸惑う。
バランスの良い彫りの深い顔立ちに真剣に見つめられて、居心地が悪くなってしまう。
べ、別に深い意味は無いのよね?
二日も目が覚めなかったあたしを心配してくれて、再び話せる日を待っていてくれた。
目覚めた事を喜んでくれて、無事を確認したかった。ただそういう事よね?
そんなの普通の事よ。あたしだって友人知人が意識不明だったら心配するわ。
回復したなら嬉しいし、当然早く会いたいと思うもの。
当たり前の事。特別でもなんでもない。
なんでもないのよ。なんでも。
あたしは心の中でそう呟いて、ヴァニスの黒い瞳から目を逸らした。
「そんなに心配してくれるなんて思わなかったわ」
「うむ。余も自分で驚いている。自分自身の強い感情の動きに」
「強い感情?」
「この二日間で、余は今まで知らなかった感情を知ったのだ」
あたしはチラリとヴァニスを見て、すぐまた視線を逸らす。
「雫が二度と目覚めなかったらと思うと、不安で恐ろしかった」
逸らした視線は落ち着きなく、部屋のあちこちを移動する。
「目覚めたお前が余に一番に会いたがっていると聞いて、嬉しく思ったぞ」
意味もなく髪の先をいじり、テーブルの模様を指でなぞる。
「雫、余は……」
「ほ、ほんと意外だったわぁ! まさか剣を突きつけてきた相手が心配してくれるなんて思わなかった!」
あたしは明るい声でヴァニスの話を遮った。
「剣を?」
「あらヒドイ忘れたの? 始祖の神の石柱で」
「ああ、あれか。あれはただの脅しだ」
「……脅しって?」
「向かってくる相手かそうでないかぐらい一目瞭然だ。効果があると思ったから剣を向けただけだ」
……。
ちょっとムカついた。
向けた『だけ』ってねぇ! 向けられる方の身にもなってよね!
脅しかどうかなんて分からないし、本気で怖かったのよ!
進退窮まって命の危機を感じたんだから!
こーゆー所、ほんと一般的な感覚とズレてるわよね! 高貴なお方って!
「真面目に殺気を感じたわよ!」
「ふむ。素人ですら殺気を感じたか。よし」
「なに自慢そうに満足してんのよ! あたし本気で怒ってるんですけど!?」
「剣の腕には自信があるのだ。幼少の頃より修練してきたからな」
「へーへー、そおーですか。それはそれは」
「軍を率いて指揮する事が余の夢だった。王位は兄上が継ぐと思っていたから」
ヴァニスは遠い目をした。
「汗まみれ泥まみれになって、毎日夢中で剣の修練をしていた」
遠い幼い日。
無我夢中で剣を握って振り回す。
朝日と共に起き、日が暮れるまで稽古に明け暮れた。
見上げる薄暗い空には、一番星。
疲れ果てた体とカラッポの頭で、いつまでも見惚れていた。
転んでも、血が出ても、怪我をしても、怯まない。
夢があるから少しも辛くはなかった。
「夢は……叶わなかったが」
穏やかな表情でヴァニスは語る。
思い出しているんだろう。家族全員が揃っていた日々を。
揺らぐことの無い幸せな未来が続くと信じていた、少年の日々を。
彼はそれを失ってしまった。
ヴァニスは深い悲しみを知っている。家族も、愛情も、幸福も全て知っている。
「ねぇ、ヴァニス。教えて欲しいの」
「何をだ?」
「あなたは、国民を拷問や公開処刑したの?」
だから疑問に思う。
本当に拷問や公開処刑なんて恐ろしい事をしたの?
幸福も、それを失う悲しみも苦しみも知っているあなたが? だとしたら、なぜ?
国王として国政を司るという事は重い。
人間の世界ひとつを司るという事実は重い。時には奇麗事では済まない時もあるだろう。
苦渋の決断を下さなければならない事情もあるだろう。
それを聞きたい。あたしは聞かなければならない。
ヴァニスの、人間の王の話を。