(3)
初めて城に来た時は、異国風でアンティークな建築やインテリアが珍しかったけど。
人間って割とすぐ環境に順応するのね。もう見慣れたわ。
自然の物を多用しているから馴染みやすいのかもしれない。
侍女もマティルダちゃんの所へ帰してしまったから、部屋にはあたしひとり。
だって付いていてもらっても基本、すること無いし。
枕もとの横にイスに座って、ひたすらジーッと顔を見られていてもお互いストレスが溜まるばかりで。
「何か変化があったら呼び鈴を鳴らしましょう」
って事で合意の上、侍女さんには通常業務に戻ってもらった。
一応、頭の怪我が心配だからおとなしく寝てたけど、じっと横になってるだけってのも辛い。
本でも読めればいいんだろうけど、文字が読めないだろうしなぁ。
どうやら異常も悪化もないようだし、起き上がってもいいわよね? ポックリいかないわよね?
あたしはソロソロと身を起こしてみた。
うん、大丈夫。関節の痛みも無いし眩暈もしない。
貧血なんて、夕飯に肉でも食えばすぐ回復するわ。平気よ。
……肉、か。あたしも他種族の命を犠牲にして生きているのよね。
もちろんそれを下劣な行為と決め付ける事はできないけれど。
命。
生存競争。
世界の理。
重いな。ものすごく重い。
そんな重大なものに対して、あたしなんかが果たしてどうこうできるのかしら。
……はっ! い、いけないいけない!
あたしは落ち込みそうになる思考を、慌てて振り払った。
つい深みに嵌ってしまった! ダメダメ、真剣になるのはいいけど深刻になるのはよそう!
黙って寝てばかりいるからネガティブ思考に陥るんだわ。体動かそう、体!
部屋の中をちょっと歩いてみよう!
ゆっくりと両足を床に着けベッドから立ち上がる。
ゆっくりゆっくり、うん大丈夫。関節が軋む程度で、頭痛もないしどこもなんともないわ。
よし、ちょっと試しにラジオ体操でも。
白いワンピースの寝間着姿で、腕を振って足を曲げ伸ばす運動をしてたら扉がノックされた。
「はい?」
「食事を……」
「あ、はい、今開けます」
パタパタと歩み寄り、声を掛けながら扉を開けた。
「どうもすみませ……」
……。
あたしは目と口を丸くして目の前の人物を見上げた。
……ヴァニス?
え? なんでヴァニスが、国王陛下が、スープとパンが乗っかったお盆持ってるの?
しかもエプロンつけて、ここに立ってるの??
一瞬の間を置いて、あたしは無言で目の前の扉を閉めた。
……見なかった事にしよう。
これはきっと幻覚だわ。やっぱりまだ本調子じゃないのね。体操は無理だったみたい。
ラジオ体操はまた明日、朝日でも浴びながら再チャレンジをしましょう。
すると扉の向こうから幻覚が話しかけてくる。
「なぜ扉を閉めるのだ?」
……。
「すぐにここを開けよ」
不機嫌なその声は、間違いなくヴァニスの声。
「余がわざわざ食事を運んでやったのだぞ? 感謝せよ。拒絶などされる覚えは無い」
やっぱりヴァニス!? 本物!?
あたしは勢い良く扉を開けて叫んだ。
「何であんたがわざわざ運ぶのよ!?」
「ここに来るついでだからだ」
「おまけに何でエプロン!?」
しかも染み付き!? それって明らかに、今まで誰かが使ってた使用済み品よね!?
「えぷろん? ああ、これか? 厨房で働く者から借りたのだ」
「……」
「余の衣装が汚れたら、自分達が衣装係に殺されると泣くのでな」
「……」
「これを着ければ文句はあるまい、と言ったら厨房係はまた別の理由で泣き出したが」
こ、この男は。
あたしもまた、別の意味で眩暈を覚えてしまった。
国王にしては贅沢にまるで興味の無い人物だとは思ってたけど。
そこじゃない、要点は。贅沢とか、そういった次元とはまったく別問題なんだわ。
「ねぇヴァニス、装いって言葉知ってる?」
「いつも皆から言われる言葉だが、それに関して余は一切の関心を持たない」
はぁ、やっぱりそうですか。
真面目な顔でそう返答されて、あたしはカクッと力が抜けた。
「余を中に通せ」
「だめって言っても入るんでしょ? どうせ」
「当然だ。余がわざわざ食事を……」
「はいはい分かった分かったどーぞ」
部屋に入ったヴァニスがテーブルにお盆を置いた。そしてすすめられてもいないうちに、さっさとイスに座る。
さすがに座った雰囲気は堂々として国王の品格があるけれど、おかげで余計に染みの目立つエプロンが笑いを誘う。
忍び笑いをするあたしを見てヴァニスが口を開いた。
「体調は良いようだな」
「ええ。心配をかけてごめんなさい。それと助けてくれてありがとう」
「うむ。さあ余に気を使わずに食事をしろ」
「後でいただくわ」
「だめだ。今だ。しっかりと食べられる様子を余に見せねば承知せん」
あたしは苦笑いをした。
たぶん、心配してくれているのよね。この言い草だけど。
あたしは素直にお礼を言ってスープをいただく。二日ぶりの食事は胃に染み渡った。
「ヴァニス、こんな時間までお仕事?」
「あの精霊の反乱のせいで執務の量が倍増してな」
「……そう」
「まだ休めぬ。本当に災難だ。あの精霊達めが」
なんていえばいいのか分からない。
また暗い気持ちに陥りそうで、あたしは明るい声で話題を変えた。
「そんなに忙しいのに、なんでまたここへ?」
「聞きつけたのだ」
「聞きつけた? 何を?」
「お前が余に会いたい一心で、大騒ぎを起こしたと聞いてな。仕事も放り出して駆けつけた」
ブッ!!
あたしは思わず口からスープを吹き出した。