表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
92/182

(15)

「人質なんて呼ばないで!」

 あたしは顔を歪めて必死に訴えた。

 ノームもジンも、あたしの大切な仲間なのよ!?

 この世界に飛ばされてきてから、不安なあたしをずっと支え続けてくれた仲間なの!

 それをまるで物みたいに扱わないで!


「ヴァニス、どうしてなの!?」


 あなたはあんなに優しかったじゃないの!

 マティルダちゃんにも、町の人々にも、あんなに優しい言葉や態度で接していたじゃないの!

 あたしにだって思いやりのある言葉をくれたわ!


 本当はあなた、優しい人なんじゃないの? 心の奥に温かい思いやりを持っている人なんでしょう?

 本当は狂った王なんかじゃないんでしょう? なのにどうして?


「どうしてこんな冷酷な事をするの!?」

「答えは簡単だ」


 ヴァニスは本当に、簡単に答えを口にした。


「余は人間であり、あやつ等は精霊だからだ」


 あたしは絶句した。

 全身を殴りつけられたような衝撃だった。

 今まで叫び続けていた声がピタリと止まる。


 あたしは、彼の言葉を今ようやく、はっきりと理解した。


『神も精霊も人間も、同じ世界に生息する存在。ただそれだけ』


 あの時ヴァニスはそう言った。

 あたしはそのその真意を、今まで理解できていなかったんだ。

『みんなお互いこの世界に生まれた。種族は異なっても立場は平等だ』

 そんな意味だと都合良く思い込んでいた。


 違う。そうじゃない。そんな甘い意味でも気楽な程度でも無かった。


 縄張りの中で自分の種族以外は、相手がどんな存在であっても、食うか食われるかの争いを繰り広げる敵対勢力でしかないという意味なんだ。

 非情な生存競争の歯車の一部でしかないと。


 あぁ、そうだ。その通り。

 向こうの世界でも生き物たちは毎日、自分が生きるか相手が死ぬかの戦いを繰り広げている。

 それは野生世界だけじゃない。人間の社会だって同じ事だ。

 生物学的な意味とは違うけど、人間同士で共食いしているようなもの。

 日々、勝者は生まれ敗者が生まれる。

 それは当然の理だし、あたし達はそれを無意識に納得している。

 だってそれが許されぬというのなら、全ての世界は、成り立たない。


 ヴァニスは、この世界の理の中で戦いを仕掛けたんだ。

 苦難に満ちていた人間の日々を勝利に導くために。

 人間の種族の王として、後には引けない。もう後戻りはできない。

 戦いが始まってしまった以上、勝つか負けるかしかないんだ。


 ヴァニスがなぜ狂王と仇名されるような行為をしたのか。

 なぜ国民に支持されているのか。

 なぜ冷酷さと優しさを同時に持ち合わせているのか。

 それが、それがようやく今、分かった気がした。


 ―― ドサリ


 鈍い嫌な音がしてあたしは我に返った。

 慌てて振り返ると、ついに耐え切れなくなったジンが意識を失い、地上に落下している。

 全身切り裂かれてぼろぼろになり、まるで壊れた人形のようだ。


「ジン!!」

 悲鳴を上げて駆け寄ろうとしたけれど、ケガをした脚が体重を支えきれなかった。

 無様に崩れ落ち、地面に横たわりながらジンへ向かって手を伸ばす。


「ジン! ジン! お願い返事して!」


 倒れたジンの姿が涙で曇る。声を張り上げ、指先が攣りそうになるほど懸命に伸ばした。

 でもジンはピクリとも反応しなかった。

 届かない。あたしの手は、声は、届かない。

 ジンにも女の子にも、誰にも何も届かない!!


「雫よ」


 ヴァニスが、頭上に風の精霊達を従えながら立っている。

 あたしは涙の浮かぶ両目でその姿を見た。


「さきほどお前は人々を助けろと言ったな? そして、そこの風の精霊も救えと言った」

「……」

「どちらだ?」

「……え?」

「どちらを選ぶ? お前はどちらの側の存在なのだ?」


 あ……。

 あたしの頬に涙が一筋流れた。


 どちら? どちらを選ぶ? 人間か精霊達の側かを?

 それは、その選択は、あたしにとってあまりにも。

 人間と精霊、ふたつが混在しているあたしにとって、それはあまりにも惨い選択。


 そんなの選べない! 選べないわよ!


「風の精霊達よ、やれ」


 答えられないあたしに構わずヴァニスはそう言った。

 それに応じて風の精霊達が、そっと手を頭上に掲げる。

 彼らの手の平に空気の渦巻く様がはっきり分かった。

 なにする気なの!? やめて!


「止めを刺せ」


 精霊達が皆、悲しそうに目を閉じグッと歯を食いしばる。


 ちょっと待って! やめてよ! ダメよそんな!

 待って! そんな事しないで!!


「嫌! 嫌! 嫌よやめて!!」


 ヴァニスと風の精霊達に懸命に懇願する。

 拝み倒さんばかりに必死に頼み込んだ。

 あたし何でもするから! なんでも言う事聞くから! 土下座でも裸踊りでも、何でも何でも言う通りにするから!


「だからお願い! ジンを殺さないで!!」


 どうか殺さないで! 殺さないで! 殺さないで!

お願いお願いお願いお願いお願……


「やれ」


 あたしはヒィッと息を呑む。

 すぅっと顔から血の気が引いた。

 ついにジンに狙いを定めた風の精霊達の全身が大きくしなる。

「いやああぁぁぁーーー!!!」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ