(14)
「ジン、やめて! もうやめてーー!!」
振り絞るようにジンに向かって叫んだ。
でもあたしの声は掻き消され、彼には届かなかった。
ヴァニスが素早く剣を抜き身構える。一瞬で彼の全身に激しい闘志が漲ったのが分かった。
刀身に王家の紋章が刻まれた剣が、闘志に応えるように鋭く輝く。
ヴァニスを狙って降り注ぐ瓦礫のつぶての嵐を、彼は目にも止まらぬような剣捌きで次々と的確に振り払っていく。
そしてギラリと鋭く空中のジンを睨み上げた。
それでもジンは一向に怯む様子は無く、強い憎しみのこもった目でヴァニスの視線を受け止める。
ジンの指先が、くいっと軽く上を向いた。
その動作ひとつで、あたし達の髪が天に向かって突き立つほどの突風が巻き起る。
あまりの風の勢いにグッと息が詰まった。
地面に落ちていた粉々になった瓦礫や小石、細かい砂まで瞬時に舞い上がり、それらがジンの周囲に集合する。
冷徹な銀色の目でヴァニスを見下ろすジンの両腕が、ゆっくりと頭上に掲げられる。
引きつけられる様に、周囲の瓦礫たちもゆっくりと持ち上げられた。
なにをするつもりなの?
ジンの両腕が思い切り振り下ろされると同時に、唸る音と共に突風が発生する。
持ち上げられた全ての瓦礫たちがヴァニスに向かって襲い掛かった。
瓦礫はともかく、全ての小石や砂の粒まで剣で払うのは不可能だ。
小石とはいえ、あの風速であの量が一気に襲い掛かってきたら。
あたしは息を呑んで身震いした。危ないーー!!
―― ゴオォォォッ!!
ヴァニスのマントが音を立てて翻る。
凄まじい疾風が彼の足元から天に向かって湧き起こった。
その突風に煽られ、ヴァニスに襲いかかろうとしていた瓦礫が全て吹き飛ばされる。
空中のジンの体も、あおりを食らって瓦礫もろとも木の葉のように吹き飛ばされてしまった。
……あれは!
見開いたあたしの目に、銀色の精霊達の姿が映った。
複数の精霊達が、空中で懸命に体勢を整えるジンを取り囲んでいる。
あれは、風の精霊達!? ジンの仲間なの!?
きっと精霊の長に命じられてヴァニスを護衛に来たんだわ!
そんなの酷い! よりによって風の精霊を、同じ種族の仲間同士を敵対させるなんて!
ジンは驚愕したように仲間達を見回し、そして必死に話しかけている。
ここからじゃ遠くて何も聞こえないけれど、この場を引くように説得しているらしい。
二言三言、彼らは言葉を交わして……そしてジンは悔しげに唇を噛んだ。
風の精霊達は苦悩するような、哀れむような表情でジンを見ている。
彼らに向かって地上のヴァニスが即座に命令した。
「やれ!」
風の精霊達は躊躇した。お互い目配せして意思を確認しあっている。
ジンは黙って仲間達のそんな様子を見ていた。
「何をしている! 早くしろ!」
ヴァニスの叱責を浴び、風の精霊達はついに決心したようだった。
精霊達の銀の髪が風に煽られ巻き上がり、キィィン!と鼓膜が切れるような音が響く。
途端に仲間に囲まれたジンの顔が苦痛に歪み、全身が震え始めた。
ジン!? どうしたの!? 何が起こってるの!?
「あんた達やめて! やめなさい! ジンに何をしているのよ!?」
懸命に耐えているジンの顔の皮膚に、一本の傷が走った。
それが二本、三本と増えていき、ジンは自分の両腕で顔をガードした。
ピシッピシっと何かがひび割れるような音が聞こえ、やがてジンの服にも複数の傷が走り、あちこちと破けていった。
生地が飛び散り、ガードしている両手もあっという間に傷だらけになる。
裂けている!
ジンの服も、皮膚も、風圧で切り裂かれているんだわ!
風の精霊達が刃物のような鋭い風で、ジンの体を細切れに切り刻もうとしている!
「やめさせて! ヴァニス!」
あたしは金切り声を上げた。空中の様子を伺っているヴァニスに懇願する。
「お願い! ジンが死んじゃうわ!」
ヴァニスはチラリとあたしを見たけれど、すぐに視線を元に戻した。
黙って空を見上げるその表情に憐憫の情は無い。ジンを助けてくれる気は無いんだわ!
「ヴァニス! ねぇ聞いてヴァニス!」
それでもあたしは叫び続けた。
「ジンを助けて! 彼はあたしの大切な、大切な大切な存在なの!」
「……」
「どうか彼を助け……!」
「断る」
最後まで言わせず、ヴァニスはあたしの頼みを冷酷に断ち切った。
……どうしてよ!? なぜなのよ!!
「ノームの事は助けてくれたじゃないの!」
「人質など、ひとりいれば充分。後は邪魔なだけだ」
人質!?