(12)
水も、火も、風も、土も、それらは元々、人の為に存在しているわけじゃない。
だから人間の都合で自然をどうこう論ずる事はできない。
自然とは天災も全てひっくるめて『自然』であり、世界なんだと思う。
だから自分達が大変だからって、精霊達を奴隷のように扱き使って良いって理屈は無いはずだ。
それでもあたしは、ここで『あなた達みんなは間違ってる』とは宣言できない。
だってそれは、天災でどんな悲惨な目に遭っても、あんた達は黙って我慢するべきなんだって宣言するのと同じだから。
大切な家族や、家や、財産を失う。でも誰にも文句を言う事ができない。
ただじっと堪え、辛抱し、再び必死に大切な物を築き上げてはまた、あっという間に根こそぎ奪われていく。
何度やってもその繰り返し。
それを、当然なんだから受け入れろなんてそんなこと、とても言えない。
人間が精霊の力を利用する。
それは単に便利だって軽い次元の問題だけじゃなかった。ここの人達にとって死活問題だったんだわ。
精霊達を自由にしてやりたい。
でも、人間の立場と苦しみを思えばそれを堂々と指摘する事もできない。
あぁ、ジン。イフリート。ノーム。モネグロス。そしてアグアさん。
あたしの大切な仲間達を思うと心が千々に乱れる。
苦しんでいる仲間を救うことががあたしの望みだったはずなのに、あたしの心は微妙に揺れている。
人間の立場と、精霊の立場。そのふたつの狭間で判断できずに迷っている。
イフリートを水責めした時も、あたしはそれが正義だと妄信していた。でも後になって危ういところで過ちだと悟った。
じゃあ、今は? 何が正しいの? どれが正義?
あたしは今なにをすれば、後になってからまた後悔をしないで済むの?
「我が愛する国民達よ!」
思い悩むあたしの隣でヴァニスが張りのある声を上げた。
「余は約束しよう! 神や精霊達に従う日々からの開放を!」
人々はヴァニスの言葉に合わせ、拍手喝采を送る。
「もはや不必要に恐れ戦き、服従する必要は無いのだ! そのためにも余は戦い続けよう!」
バサリと勢い良くマントを翻し、凛とした表情でヴァニスは叫んだ。
「父王と母君、そしてふたりの兄君達の尊い死に誓って!!」
一瞬、その場がシンと静まり返った。
そしてあちこちから悲しげにすすり泣く声が聞こえる。
広場中みんなが、国王達の死を悼んでいるんだ。
ずいぶんと人気があった王家なのね。こんなにも国民に、その死を惜しまれているなんて。
ヴァニスの支持が高いのもそれに由来しているのかもしれない。
「我ら人間達による、新しい世界の幕開けだ!」
高らかに宣言するヴァニス。信頼する国王の雄々しい姿に国民は一斉に熱狂した。
「ヴァニス王様バンザーイ!!」
「新世界バンザーイ!!」
ラッパや太鼓や笛の音。華々しい歓喜の声援に手を振り、その身に歓声を受けるヴァニス王。
その隣で、顔を強張らせて立ち尽くすあたし。
この立ち位置は、明らかに人間側の位置だ。あたしは人間側の立場として、公然とここにいる事になる。
今さらこの場から去る事もできない。
ジンの顔を思い浮かべながら、あたしは何もできずにただうろたえるだけだった。