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 必死に目で訴えているとヴァニスが人々に説明してくれた。

「この者は、雫という。余の大切な客人である」

 あたしは、ろくろ首の陰でウンウン連発して頷く。


 そ、そうなの。皆さん聞きましたか?

 客なの。あたしはただの客にすぎないの。だから皆さんの誤解なんですよ~。


「皆、聞いたか!? 今はっきり『自分の大切なお方』と仰られたぞ!」

「やはりそうなのですね!? ヴァニス王様!」

「これは御めでたい!!」

「おめでとうございます! ヴァニス王様、雫様!」


 ぎょええ!!?


 みんな、話聞いてるようで全然聞いて無いんですけど!?

 都合のいい言葉だけがチョイスされて、しかもいい具合に脳内変換されてる!

 事実な部分は綺麗サッパリ全部無視されてる!


 ヴァニスは気にした様子も無く、あたしに手招きしている。

 たぶん若い独身の国王なんて、こんな誤解は日常茶飯事で慣れっこなんだろう。

 でもあたしは困るの! はっきり迷惑なの!

 こんな状況であんたの隣に並ぶ勇気もツラの皮の厚さも、持ち合わせてないのよ~!


 ろくろ首をギュッと握り締めながら、あたしはブルブルブルと顔を横に振った。

 お願い、あたしの事は忘れてくださいぃ。ここでおとなしく影を薄くしていたいんですぅ。

 でも皆、そんなあたしの様子を見て声を上げてニコやかぁぁに笑っている。


「慎ましやかで上品な貴婦人だなぁ」

「王妃様の座に相応しい」

「雫様、どうぞ我々にお姿をお見せ下さいまし」

「さぁ雫様!」

「雫様! 雫様!」


 雫様コールが湧きあがる。

 最っ悪……。

 これで無視したら、あたしってばただの礼儀知らずの無礼者じゃないの。


 さっきから首を握られて苦しんでいた妖怪馬が、怒ってあたしにドンッ!と頭突きを食らわした。

 うわわっとヨロけながら前に数歩進むと、途端に人々が喜びの大歓声を上げた。


 あたしは仕方なく肩を縮め、下を向きながらヴァニスの隣に並んだ。

 どんな顔をすればいいのか分からない。

 笑顔を見せれば花嫁だって肯定する事になりそうで嫌だし。

 不機嫌な顔をすれば無礼者に見られそうで、それも嫌だし。うぅ、困った。


 俯くあたしの視界に、おずおずと小さな女の子が入ってきた。

 その手の中に小さな花束が握られている。慌てて今、野の花を摘んできたんだろう。

 頬を染め緊張しながらあたしに差し出してくれた。


「これをあたしに?」

「……」

「ありがとう」


 思わず笑顔で受け取った。

 女の子の表情が一気に明るくなって、その場が歓喜の声に包まれる。


「ヴァニス王様バンザイ! 雫様バンザイ!」


 うわぁ~しまった! 墓穴を掘った!

 でも仕方ないわよ。ここでこの女の子の好意を無視できる? 人として。

 とにかくこの場はもう、何も言わずにやり過ごそう。

 沈黙は金なり。これに尽きる。

 なし崩し的に、ひたすら黙って誤魔化すのが賢い大人の選択ってもんだわ。

 時間が経ってみんなの興奮が落ち着いたら、きっと誤解も解けるだろうし。


 ヒクヒクと苦笑いをするあたしのそばに、痩せて腰の曲がった老婆が近づいてきた。

 嬉しそうな表情であたしを見上げている。

「雫様、おめでとうございます。ほんに我らも嬉しく存じます」

「あ、あの、えっと、はぁ」

「おお、その後の体調はどうだ? 無理をしていないか?」


 ヴァニスが老婆に話しかけ、老婆は嬉しそうにヴァニスに答える。


「はい。こんな不自由な体ではございますが、便利な生活のお陰で何とか暮らして居れますわい」

「そうか。それは何よりだ」

「王様は、我ら孤独な年寄りの救いの神でございます」

「余は神ではない。人なのだよ」

「さようでございましたなぁ」


 老婆は痩せた体を震わせ、明るく笑った。

 一人暮らしのご老人か。この世界で歳を取っての一人暮らしは、さぞかし難儀な毎日だったろう。

 周囲の援助にも限界があるだろうし、衰えた体を酷使しても、まともな生活には程遠かったに違いない。


「王様、見てくださいな! うちの店先を!」

 中年の女性が広場の向こうの店を指差した。

 小ぢんまりとした店の前には、たくさんのお魚が所狭しと並べられている。

「亭主が海の事故で死んでから暮らしていけず、首を括るより他に無いと絶望していたのに。今じゃ以前より売り物の魚の量が多いくらいです!」


 この人は漁師のご主人を事故で亡くされたのね。

 女一人遺されて、収入が途絶えて生活できなくなっていたんだわ。

 でも今では精霊が充分な量の魚を運んでくれる。


「ヴァニス様! この前の嵐で崩壊した我が家が、もうすっかり元通りになりました!」

 少年と手を繋いだ母親。その肩を抱く父親。三人家族が並んで微笑んでいる。

「もうこれで子どもに辛い生活をさせずに済みますわ!」

「ありがとうございます、王さま!」

 男の子が元気な声でお礼を言った。


「この前の嵐は大変だったものなぁ」

「うちも天井が崩れてしまったわ」

「毎回毎回、嵐が来るたびに大きな被害が出るものな」


 みんなが溜め息をついて顔を見合わせる。


「大雨が降っては水害になるし」

「そうかと思えば日照り続きで作物に被害が出るし」

「海が荒れれば事故が起き、船乗りは命を落とし、大嵐が来て木々は倒れ家は崩れて」

「乾燥する時期は山火事が起きる」

「本当に苦労ばかりしていたなぁ」


 あたしは町の人々の、しみじみとした苦労話を聞きながら思った。

 どうやら天災のたびに大変な被害が出ていたみたいね。


 水工事の技術もそれほど発達していないみたいだし。

 造船や建築技術も高度なわけでもない。

 大規模な火災が起きても、それを鎮火する技も持たない。

 これじゃあ何か起きるたびに、さぞかし人命がたくさん失われたろう。

 そのたびにこの国の人々は唇を噛み締めて耐え続けてきたんだ。


「でもこれからは違うぞ!」

「そうだ、もう神や精霊達の所業に恐れおののく事はない!」

「ヴァニス王様が新しい世界を我々に与えてくださった!」

「ヴァニス様バンザイ! 新世界バンザイ!」


 あちこちでヴァニスを讃える声が上がる。

 ヴァニスは右手を高く掲げ、それらの声に誇らしげに応えた。

 あたしは華やかな空気の中をただひとり、笑顔の無い表情でうろたえていた。


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