(11)
必死に目で訴えているとヴァニスが人々に説明してくれた。
「この者は、雫という。余の大切な客人である」
あたしは、ろくろ首の陰でウンウン連発して頷く。
そ、そうなの。皆さん聞きましたか?
客なの。あたしはただの客にすぎないの。だから皆さんの誤解なんですよ~。
「皆、聞いたか!? 今はっきり『自分の大切なお方』と仰られたぞ!」
「やはりそうなのですね!? ヴァニス王様!」
「これは御めでたい!!」
「おめでとうございます! ヴァニス王様、雫様!」
ぎょええ!!?
みんな、話聞いてるようで全然聞いて無いんですけど!?
都合のいい言葉だけがチョイスされて、しかもいい具合に脳内変換されてる!
事実な部分は綺麗サッパリ全部無視されてる!
ヴァニスは気にした様子も無く、あたしに手招きしている。
たぶん若い独身の国王なんて、こんな誤解は日常茶飯事で慣れっこなんだろう。
でもあたしは困るの! はっきり迷惑なの!
こんな状況であんたの隣に並ぶ勇気もツラの皮の厚さも、持ち合わせてないのよ~!
ろくろ首をギュッと握り締めながら、あたしはブルブルブルと顔を横に振った。
お願い、あたしの事は忘れてくださいぃ。ここでおとなしく影を薄くしていたいんですぅ。
でも皆、そんなあたしの様子を見て声を上げてニコやかぁぁに笑っている。
「慎ましやかで上品な貴婦人だなぁ」
「王妃様の座に相応しい」
「雫様、どうぞ我々にお姿をお見せ下さいまし」
「さぁ雫様!」
「雫様! 雫様!」
雫様コールが湧きあがる。
最っ悪……。
これで無視したら、あたしってばただの礼儀知らずの無礼者じゃないの。
さっきから首を握られて苦しんでいた妖怪馬が、怒ってあたしにドンッ!と頭突きを食らわした。
うわわっとヨロけながら前に数歩進むと、途端に人々が喜びの大歓声を上げた。
あたしは仕方なく肩を縮め、下を向きながらヴァニスの隣に並んだ。
どんな顔をすればいいのか分からない。
笑顔を見せれば花嫁だって肯定する事になりそうで嫌だし。
不機嫌な顔をすれば無礼者に見られそうで、それも嫌だし。うぅ、困った。
俯くあたしの視界に、おずおずと小さな女の子が入ってきた。
その手の中に小さな花束が握られている。慌てて今、野の花を摘んできたんだろう。
頬を染め緊張しながらあたしに差し出してくれた。
「これをあたしに?」
「……」
「ありがとう」
思わず笑顔で受け取った。
女の子の表情が一気に明るくなって、その場が歓喜の声に包まれる。
「ヴァニス王様バンザイ! 雫様バンザイ!」
うわぁ~しまった! 墓穴を掘った!
でも仕方ないわよ。ここでこの女の子の好意を無視できる? 人として。
とにかくこの場はもう、何も言わずにやり過ごそう。
沈黙は金なり。これに尽きる。
なし崩し的に、ひたすら黙って誤魔化すのが賢い大人の選択ってもんだわ。
時間が経ってみんなの興奮が落ち着いたら、きっと誤解も解けるだろうし。
ヒクヒクと苦笑いをするあたしのそばに、痩せて腰の曲がった老婆が近づいてきた。
嬉しそうな表情であたしを見上げている。
「雫様、おめでとうございます。ほんに我らも嬉しく存じます」
「あ、あの、えっと、はぁ」
「おお、その後の体調はどうだ? 無理をしていないか?」
ヴァニスが老婆に話しかけ、老婆は嬉しそうにヴァニスに答える。
「はい。こんな不自由な体ではございますが、便利な生活のお陰で何とか暮らして居れますわい」
「そうか。それは何よりだ」
「王様は、我ら孤独な年寄りの救いの神でございます」
「余は神ではない。人なのだよ」
「さようでございましたなぁ」
老婆は痩せた体を震わせ、明るく笑った。
一人暮らしのご老人か。この世界で歳を取っての一人暮らしは、さぞかし難儀な毎日だったろう。
周囲の援助にも限界があるだろうし、衰えた体を酷使しても、まともな生活には程遠かったに違いない。
「王様、見てくださいな! うちの店先を!」
中年の女性が広場の向こうの店を指差した。
小ぢんまりとした店の前には、たくさんのお魚が所狭しと並べられている。
「亭主が海の事故で死んでから暮らしていけず、首を括るより他に無いと絶望していたのに。今じゃ以前より売り物の魚の量が多いくらいです!」
この人は漁師のご主人を事故で亡くされたのね。
女一人遺されて、収入が途絶えて生活できなくなっていたんだわ。
でも今では精霊が充分な量の魚を運んでくれる。
「ヴァニス様! この前の嵐で崩壊した我が家が、もうすっかり元通りになりました!」
少年と手を繋いだ母親。その肩を抱く父親。三人家族が並んで微笑んでいる。
「もうこれで子どもに辛い生活をさせずに済みますわ!」
「ありがとうございます、王さま!」
男の子が元気な声でお礼を言った。
「この前の嵐は大変だったものなぁ」
「うちも天井が崩れてしまったわ」
「毎回毎回、嵐が来るたびに大きな被害が出るものな」
みんなが溜め息をついて顔を見合わせる。
「大雨が降っては水害になるし」
「そうかと思えば日照り続きで作物に被害が出るし」
「海が荒れれば事故が起き、船乗りは命を落とし、大嵐が来て木々は倒れ家は崩れて」
「乾燥する時期は山火事が起きる」
「本当に苦労ばかりしていたなぁ」
あたしは町の人々の、しみじみとした苦労話を聞きながら思った。
どうやら天災のたびに大変な被害が出ていたみたいね。
水工事の技術もそれほど発達していないみたいだし。
造船や建築技術も高度なわけでもない。
大規模な火災が起きても、それを鎮火する技も持たない。
これじゃあ何か起きるたびに、さぞかし人命がたくさん失われたろう。
そのたびにこの国の人々は唇を噛み締めて耐え続けてきたんだ。
「でもこれからは違うぞ!」
「そうだ、もう神や精霊達の所業に恐れおののく事はない!」
「ヴァニス王様が新しい世界を我々に与えてくださった!」
「ヴァニス様バンザイ! 新世界バンザイ!」
あちこちでヴァニスを讃える声が上がる。
ヴァニスは右手を高く掲げ、それらの声に誇らしげに応えた。
あたしは華やかな空気の中をただひとり、笑顔の無い表情でうろたえていた。