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「お前が元の世界に帰れるかどうか、方法も保障もどこにも無い」

 ヴァニスの言葉に、あたしは心の中で答えた。

 ううん。方法はあるのよ。

 世界の神々が力を取り戻せば、おそらく帰れるはずだとモネグロスが言っていた。

 そのためにはヴァニス、あなたにしっかりお灸を据えなきゃならないの。


「だが約束しよう。たとえ帰れずとも、余が雫の面倒をみる」


 ……え?


「何も心配はいらない。城で暮らせば良い。マティルダも喜ぶ」

「……」

「この国へ来た以上、お前は余の大切な国民だ。国王として責任を持って保護すると約束する」

「ヴァニス……」

「だから、泣く事はない。もう案ずるな。安心して良いのだぞ」


 ヴァニスの言葉も表情も真摯だった。

 本当にあたしを庇護してくれるつもりなの?

 いや、これは策略かもしれない。あたしを抱きこんで利用しようとしているのかも。

 それとも本当にあたしの境遇に同情して、王として難民救助しようとしているの?


 あたしはヴァニスの顔をまともに見れずに視線を逸らす。

 分からない。この男が分からない。

 剣であたしを脅したのも事実。あたしにこんな優しい言葉を掛けてくれるのも事実。

 狂王と噂されているのも事実。名君と慕われているのも事実。

 分からない。見えない。どんなに事実に目を凝らしても、奥の深いところが見えない。


 このままじゃまたあたしはまた、後になって「どうしてあの時」と悔やむ事になる予感がする。

 それが、怖い。とてつもなく。


 あたしのすぐ目の前にはヴァニス。

 こんな間近でこの男を見た事はなかった。あたしは思わず食い入るようにじっと見つめる。

 黒い瞳があたしを見つめ返した。真っ直ぐな曇りの無い瞳が、あたしを……。


「ヴァニス王様! バンザーイ!」


 突然ラッパの様な音と共に歓声が聞こえた。

 黒い瞳に魅入られていたあたしはハッとして姿勢を正す。

 い、いけない。あたしったら何をぼうっとしてるのよ!


 城下町の人々が列を成し、皆一様に興奮した笑顔でヴァニスの到着を待ちわびている。

 その間を縫うように馬車はゆっくりと駆け抜け、やがて広場の大きな噴水の手前で止まった。


「ヴァニス王様ー!!」

「王様! 王様ー!!」

「我らが名君ヴァニス王ー!!」


 大きな歓声に迎えられてヴァニスは馬車を降り、あたしも無言でそれに続く。

 なんだかこの場にいたくない。この華やかさは今のあたしには負担だわ。

 目立たないようにできるだけ後ろの方へ引っ込もう。

 そう思ってコソコソと妖怪馬の陰に隠れようとしていると……。


「ヴァニス王様、そちらのお美しい貴婦人は?」

 そんな声が聞こえた。


 お美しい貴婦人? 誰? どこ? 

 あら気がつかなかった。あたし以外にも誰か視察に同行してたっけ?

 キョロキョロ探していると、ヴァニスや町の人々とバシッと目が合った。

 全員揃ってあたしを凝視してて、思わずビビってしまう。

 な、なに!? 何か御用でしょうか!?


 ……え? え?

 ひょっとして、美しい貴婦人て。


 あたしかぁぁーーーーー!!?


 あたし!? あたしが『貴婦人』!?

 なんで!? どこをどう修復修正すればあたしが『貴婦人』!?

 しかも『お美しい』って、あんた!

 あんまりにもそれは露骨にお世辞が見え透いて、逆に白けるって!


「王様、ひょっとして?」

「いよいよ御身をお固めに?」

「ついに王妃様を娶られるのですか!?」

「おおヴァニス王様、おめでとうございます!」


 みんなが口々にわぁ!っと歓声を上げた。

 ちょ、ちょちょちょ!? なんか異様に状況がエスカレートしてませんか!?

 誰が貴婦人でどれが王妃だって!? えぇ!?

 妖怪馬の細いろくろ首の陰に隠れながら、あたしは完璧に混乱した。


「おぉ、恥らっておられるぞ!」

「なんとお可愛らしく、慎み深い!」

「素晴らしい貴婦人だわ!」


 ひえぇぇ~~!? 誰か何とかして、この勢いを!

 そ、そうか、考えてみればまだ独身の国王が、二人掛けの馬車に女性同伴でお出掛けなんて、勘ぐられる要素が満載だわ。

 この典型的な日本人顔じゃ、ヴァニスの親戚だとは誰も思わないだろうし。


 あたし、花嫁候補だってカン違いされちゃってるんだ!


 なるほどそれなら『お美しい貴婦人』ってセリフも頷ける。

 仮にも王の花嫁候補を『凹凸の少ない珍しい顔の女性』とは、形容できないだろうし。

 うわぁ、目立ちたくなかったのに完璧に悪目立ちしてる! ある意味ヴァニスよりも注目の的だわこれは!

 ヴァ、ヴァニス! ちょっとヴァニスってば!

早いとこ、この誤解を解いてちょうだい!


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