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 ゆうべは地下牢で一睡も出来なかった。

 その上揺れる馬車で遠出したし、妖怪馬には妙に気に入られて追いかけられるし。

 不思議な石柱は不気味に振動するし。ヴァニスには剣で脅されるし。

 濃厚100%ジュースみたいな出来事連発でもうクタクタ。


 ドサリとベッドに横になると、疲労しているところに満腹感も重なって、てきめんに睡魔が襲ってきた。

 泥に引き込まれるようにあたしは眠りに落ちていく。

 そしてふと目覚めた時にはもう、あたりはもうすでに夜だった。


 体がだるいし、まだ疲れも眠気も残ってる。

 横になったまま、ぼんやりした頭で暗闇に目が慣れるのを待った。

 徐々に目が慣れてきて、テーブルの上に燭台が用意されているのが見える。

 あたしはソロソロと身を起こし、窓の方へ近づいた。そして扉を開け、外の様子を伺う。


 城のあちこちの窓から、とても明るい光が漏れている。

 ロウソク程度の光じゃこうはならない。やっぱり精霊の長が明かりを灯しているんだわ。

 空には満天の星が無数に瞬いていて、濃紺の天を彩る星々の息を飲むような美しさに、あたしの心は激しく疼いた。


 ジン。

 星空の下で、毎晩交わしたあなたとの約束。

 必ず無事に帰るから、と繰り返し誓ったのに。

 今頃あなたは、どれほど気に病み心配しているだろう。ごめんなさい、こんな事になってしまって。

 でもあたしはまだ生きてる。無事でいることを伝えたい。


 アグアさんの居場所も何とかして探し出したい。ノームが無事な事も伝えたい。

 ヴァニスが意外にも国民の支持を得ている事実も。謎の石柱の件も。

 伝えたい事が山ほどあるのに。


 ……石柱。

 あの時、もしかしたら死ぬかもしれないと思った時。


 あたしはジンの事しか頭に浮かばなかった。

 ジンの微笑み、ジンの声、ジンの指先。ジンの全てが強烈なまでにあたしの心を支配していた。


 ただ『ジンにもう一度会いたい』とだけ一心に祈った。

 心は悲しみと切なさと、彼への激しい熱望に満ちて、ジンを求める想いだけが全てだった。


 あたしは……明らかにジンに惹かれている事を思い知った。


 あたしは再び恋に落ちたんだ。

 その事実が嬉しいのか悲しいのか、ひたすら胸は疼いて痛み続ける。


 あたしの心は彼に傾いている。異世界の住人、銀色の風の精霊に。

 住む世界の違う、しかも異種族の存在に。

 この世界も、あたしの未来もどうなるのか定かでは無い。

 今も先も不安要素だらけ。

 なのにあたしの心臓は強く押されるように苦しく焦がれてしまう。

 二度と出来ないと思っていた、恋をする喜びに。


 星空の下、強く強く願う。

 ジン、あなたに会いたい。会いたい。

 会ってもう一度話がしたい。あなたの笑顔が見たい。触れ合いたいの。

 そう願う度に涙が頬を零れ落ちた。

 あまりの切なさに耐え切れず、声をあげ、窓によりかかってすすり泣く。


 そしてふと……視線を感じた。

 見上げたあたしの涙に濡れた両目は、少し離れた向かいのバルコニーに立ち、あたしを見つめるヴァニスの姿を見た。


 途端にあたしは射抜かれたようにビクンと硬直してしまう。

 とめどなく流れていた涙も一瞬で止まってしまった。

 抜くような、強い強いまっすぐな目。

 離れた場所からでも、痛みを感じるほどの強烈な眼差しがあたしを不安にさせる。


 きっと。

 きっと、このままでは済まない。


 アグアさんを助け出し、狂王を改心させる。そして全て世界は元通りでめでたしめでたし。

 そうなると思っていた。でも。


 この男が立ちはだかる。

 きっと予想だにしなかった何かが起きる気がする。

 あたしの知らない、何かが起きて、そして事態を、あたし自身までも変えてしまいそうな予感がする。


 何が起こるかは想像もつかない。だからこそあたしは恐怖に似た感情を感じる。

 あの男のどこまでも自分自身を信じる強い意志に対しての、正体の知れない不安。

 あたしの心までもが飲み込まれてしまいそうな気がする。

 出会う前に感じていた狂王への恐怖とはまるで違った恐れを、今あたしはヴァニスに対して感じている。

 ねぇジン、これから何が起こるの? あたしはどうなってしまう? あたし怖い。怖いの。


 ヴァニスがこちらに向かって歩き出すのが見えた。

 あたしを見つめたまま、一歩一歩確かな足取りでバルコニーを歩いて接近してくる。


 あたしは窓の木戸を勢い良く閉めた。

 窓に背を向け、激しく鳴る胸を押さえる。


 明日はヴァニスと城下の視察。嫌な予感がする。ヴァニスに会いたくない。

 明日なんか来なければいい。

 雨が降らないかな? 悪天候なら視察も中止になるかも。

 あたしが水の力で雨乞いすれば効果があるんじゃないかしら?

 ねぇジン、ジン。


 あたしは心の中で縋りつくように、何度も繰り返しジンの名を呼び続けていた。


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