(5)
マティルダちゃんは懐かしそうに、そして寂しそうに肖像画を見上げている。
ヴァニスが気遣うようにそんな妹を見ていた。
なんて言えばいいんだろう、こんな時。
家族を失ってしまった女の子に対して。
肖像画って、過去の記憶だ。かつて紛れも無くそこに存在していた、幸福な時間の証。
でも今はもう、どこにもない。
どんなに探してもどこにも無いのに、それが形を変えて目の前にある。
切なくもどかしいそんな痛みを、この少女は絵を見る度に感じている。
胸が痛むのが分かっていても、それでも見るのをやめられないのね。
「ご立派そうなお父様ね。とても綺麗なお母様だわ」
「ええ」
「それに賢そうなお兄様達ね。でも、からかわれてずいぶんイタズラされたでしょ?」
「え?」
「お父様もお母様も、お兄様たちを叱りはしても怒らないのよね」
「……どうして?」
「そしていつも笑って言うの。兄弟なんだから仲良くしなさいって」
「どうして知ってるの!?」
マティルダちゃんが驚いたように叫んだ。
「雫さま、お父様たちの事を知っていたの!?」
「知ってるんじゃなくて分かるのよ。マティルダちゃんを見ていればすぐ分かるの」
「分かる? なぜ分かるの?」
「それはマティルダちゃんが家族の事を覚えているからよ」
キョトンとする少女の目を見ながらあたしは語り続けた。
「覚えているって事はね、失っていないって事と同じなの」
「失っていない?」
「愛された事実も、幸せだった時間も、忘れてしまわない限り無くなってしまう事なんかないの」
「……」
「だからマティルダちゃんは無くしていないの。一杯持ってるのよ。今も」
「無くしてない……。今も」
分かってもらえるだろうか。この意味を。
うまく説明できないけど、失う事と、完全に消失してしまう事とは違うと思う。
残ったものは間違いなくあるはずだ。
それが大切であればあるほど、抱えている事は辛いかもしれないけれど。
それでも、抱え続ける限り『証』は無くならない。
無くしていないなら残ってる。存在してる。きっとどこかに。
自分でも想像もつかないくらい、とても深いところに。
「ご、ごめんね。あたし上手に説明できなくて。だから、その、えーっと」
「ありがとう雫さま」
嬉しそうに微笑んでマティルダちゃんはあたしにお礼を言った。
そしてまた肖像画を見上げる。
「無くしてない。今も」
そう呟く表情は、さっきとは少しだけ違っているように見えた。
カチャカチャと食器が触れ合う音がして、盆に乗った料理が次々と室内に運ばれてくる。
「きたわ。席に着きましょう、雫さま」
マティルダちゃんがウキウキした様子でテーブルに向かった。
ちょっとは元気が出たみたいね。良かった。
あたしもテーブルに向かおうとして、ふと足を止める。
振り向くとヴァニスがじっとあたしを見ていた。
……なによ、なんか文句でもあるの?
「良く分かったな」
「なにが?」
「兄達がマティルダをからかって遊んでいた事を」
「ああ、あれ? なんとなくそうじゃないかな?って」
肖像画に描かれてる表情とか、マティルダちゃんの天真爛漫な様子とか。
きっとそんな風に愛されて育ったんだろうなぁって。
年の離れた妹なんて、兄にとっては可愛いオモチャみたいなもんだろうし。
「父王や母上の言葉まで言い当てた」
「兄弟ゲンカを諌める親の言い分なんて、どこも同じよ」
あたしは笑ってそう言った。
我が家でもそうだった。いつも決まって「兄弟なんだから仲良くしなさい」。
それでもケンカが収まらないと、デッカい雷が落ちてきたわ。
あの肖像画を見てたら、そんな光景が浮かんできたの。ごく当たり前で幸せな家族の光景が。
「型通りの悔やみの言葉は、いくらでも聞いてきた。だがどれもマティルダが聞きたい言葉ではなかった」
イスに座り笑顔であたし達を見ている妹に、ヴァニスは優しい笑顔を返す。
「確かに幸せな家族だった。……感謝する、雫」
感謝?
思わずヴァニスを見上げたけど、その時にはもう彼はテーブルに向かっていて、表情を見る事はできなかった。




