(3)
すぐ近くの小部屋に案内され、中でしばらくひとりで待たされる。
やがて侍女達が数人、タライや新しいドレスを手に抱えて入って来た。
そして寄ってたかってあたしのドレスを脱がせ始める。
「ちょ、ちょっと」
「お静かになさいませ」
「自分でできるから」
「お気遣いは無用です。万事おまかせを」
いや、別にあなたを気遣ってるわけじゃなくて。
あたしが見知らぬ人間に裸を見られるのが恥ずかしいのよ。
体を拭けばいいんでしょ? それくらい自分でやるから。
抵抗したけどあっという間に全裸にされてしまった。
んもう、ここの人間ってみんな人の話を聞かないタイプなのね。民族性かしら。
慌てて両腕で体を隠していると、侍女のひとりがタライを持ってきて足元に置いた。
そしてタライの底をトントンと指先で叩いて「湯を」とひと言。
すると底の方からみるみる湯気の立つお湯が勝手に湧き出してきて、あっという間に一杯になった。
おお、すごい。どういう仕組み?
目を見張っていると侍女達が布を湯に浸して絞り、あたしの全身を隈なく拭き始める。
体に触れられる恥ずかしさもあって、あたしは侍女のひとりに話しかけた。
「ねぇ、どうして勝手にお湯が湧いたのかしら?」
「精霊の力を利用しております」
侍女は手も休めずに素っ気無く答える。
精霊の力? じゃあ、この近くに精霊がいるってこと?
しめた! 誰かとコッソリ話すことは出来ないかしら!? そしたら外のジン達に連絡を付けられる!
部屋の中を見回して精霊の気配を探っていると、また侍女が素っ気無い声で「おりませんよ」と話す。
「城内に精霊達はおりません」
「でも今、精霊の力って言ったわよね?」
「精霊の長の力ですよ」
精霊の長? あぁ、あのロン毛の総白髪のおじいちゃん。足腰の悪い。
「城内に居る事を許されているのは、長だけです。長は、ありとあらゆる精霊全ての力を使えますので」
「全ての? たった一人で?」
「精霊の長の特別な能力です。長に就いた者だけが得られる特権のようですよ」
へぇ、すごいのね。あんなお年寄りなのに。老いたとはいえ、さすがは長ってところかしら。
感心していると、侍女達の中で一番若い女性が明るい声で話しかけてきた。
「長ひとりで、この城全体の用をまかなえちゃうんですよ」
「用? 用ってどんな?」
「今みたいに湯を沸かしたり、夜でも昼のように明るく照らしたり」
「あぁ、そういえばすごく明るかったわね」
城に忍び込んだ時の酒宴の広場を思い出した。
あの不自然なほどの明るさは、やっぱり精霊の力を利用していたんだわ。
「炊事も掃除も洗濯も、ほとんど何もしなくていいんです! 力仕事も! 本当に楽ですよぉ!」
嬉しそうに、そして自慢そうに侍女は話す。
そういえばジンが言っていた。精霊は人間達のために働かされているって。
こちらの世界は文明の発達具合から見ても、どうやら生活の作業の全てがほとんど人力みたいね。
一から百まで何から何まで、全部が手作業か。
以前あたしの住んでる地域が停電して断水した時は、本当に大変な思いをした。
生活用水を運ぶのも、お湯を沸かすのもひと苦労。汗をかいてもシャワーも浴びれない。
夜はロウソクの灯りだけが頼りだし、当然冷蔵庫は使えないし、食事の用意も大変だった。
元の生活に戻ったとき、心底ホッとして嬉しかった。
あの不便に感じた生活よりも、さらに労力の必要な暮らしをしていたのよね。この世界の住人達は。
それが劇的に変化したんだ。
あの時のあたしの嬉しさなんて、それはもう比較にならないほどの喜びを感じているだろう。
でもそのために精霊達が犠牲になっているのに。
この自慢そうな様子からして、その点に関してはまったく無自覚みたいね。
この世界の人間達ってずいぶん自分勝手だわ。ジンが人間を嫌うのも無理ない。
普通だったら申し訳ないとか、これは間違ってるんじゃないかとか、少しは考えそうなもんよね。
「お客様は異世界からいらしたって本当ですか? 城中の噂ですよぉ」
好奇心丸出しの表情で侍女は質問してくる。
やっぱり噂になってたのか。そうだろうとは思っていたけど。
「お客様の住んでた世界って、どんな風なんですかぁ?」
「どんなって聞かれても、なんて答えればいいのか」
「こっちみたいに精霊の力を利用できないんでしょう? さぞかし不便でしょうねぇ。お気の毒に」
「……」
「こっちに来て本当に驚いたでしょう!? あまりにも豊かで便利な国で! うふふ!」
そのいかにも誇らしげな声になんだかムッときてしまった。
なによそれ。あっちの世界はこっちじゃ想像できないくらい、科学と文明が発達しているんだから。
高層ビルなんて見た事ないでしょ? 豪華船や飛行機なんか見たら、あんた腰抜かすわよ?
そもそもあんた達、電気って知ってる? 電気。知らないでしょ。
あたしが意気揚々といかにあちらの世界が凄いかを説明しようとした時、侍女が隣の女に手をパシンと叩かれた。
「お客様に安易に話しかけるんじゃない。いつも言ってるだろ」
「あ……」
「お客様、この子のご無礼をお許し下さい。なにぶん新参者なもので」
「申し訳ありませんでしたぁ」
叱られてシュンとなってしまった侍女は黙ってしまった。
あたしも口を閉じて、そのまま黙って体を拭かれる。
あたし……なにしてるんだろう。
ハッキリと今、あたしは大威張りで自慢する気満々だった。
便利なものに溢れて、楽ができる、あの高度な生活環境を。
それが様々な破壊や犠牲の上に成り立っているのを知っていても、そんな事にはまったく頓着せずに。
同じだわ。この世界の人間達もあたしも。
何も違わないじゃないの。