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(2)

 食事に招待してくれるという事は、悪意があるわけではないんだろう。

 ただただ純粋に「遠慮」というものを知らないだけなんだわ。

 仕方ないわね、生まれが生まれだし。それに躾がなってないのは本人の責任じゃないし。

 周囲の人間の教育の問題よ。兄が悪い、兄が。うん。


「雫、マティルダが望んでいる。食事の席に同席するように」

「ええ」

 あたしはヴァニスに向かって頷いた。

 マティルダちゃんは、やっぱり屈託のない笑顔を見せて素直に喜んでいる。


「嬉しい! とても楽しみだわ! では珍しいお顔のお客人、また後ほどお会いしましょう!」


 軽く腰と膝を折ってあたし達に会釈をし、くるりと背を向け、歌いながら駆け出す。

 その軽やかな足取りを侍女達が慌てて追って行った。


 ふう、なんだか豆台風みたいだったわね。素直な明るい子だけど。

 でもあの子、これからずっとあたしを『珍しいお顔のお客人』で通すつもりかしら。

 まずは雫って名前を教え込まないと。

 それにしても半人間だの、頭の弱い娼婦だの、こっちに来てからまともに正確な名前で呼ばれたためしがない気がする。

 やれやれだわ。


 溜め息をついているあたしを見て、何か勘違いしたらしい。

「少々騒々しいが、とても良い子なのだ」

 とヴァニスが弁解してきた。

 ふうん、妹を可愛がっているのね。悪辣非道な狂王のくせに。

 妹萌えか~。ふんっ。一応いっちょまえに、肉親に対する情くらいは持ち合わせているみたいね。


「ただひとりだけ生き残った、余の身内だ」


 ……ひとりだけ『生き残った』?

 その言葉の中に悲しみを感じて、あたしはヴァニスを見上げる。

 ヴァニスは、それはそれは愛しげな表情で走り去る妹を見守っていた。


 生き残ったって事は、過去に内乱か何かが起こったのかしら?

 ありえるわね。王家にありがちな血で血を洗う権力闘争。

 それでヴァニスと妹を残して、他の家族は皆殺しにされてしまったと? ふぅ~~ん。


 でも同情はしないわよ。

 だってそれはヴァニス自身が、国民に対してやった事だもの。

 人の家族を奪っておいて、自分だけ同情してもらおうなんて虫が良すぎる話よ。

 まだ子どものマティルダちゃんには罪は無いから、気の毒だとは思うけど。


 ヴァニスが、片手を軽く上げた。

 腰をかがめた侍女らしき女性が、すぅっと音も無く背後に近寄ってくる。

「雫を食事に同席させる用意をせよ。体を拭き、着替えさせるのだ」

「承知いたしました」


 ヴァニスがチラリとあたしに視線を流して言った。

「どうも臭うのでな」


 ……に、臭うって、あたし!? あたしが臭いの!?

 あ、あの地下牢のトイレの箱! 汚物の悪臭が充満してたヤツ!

 やだ、きっとあの臭いが体に染み付いちゃったんだわ!


「この臭いと共に食事をするのは勘弁願おう」

 慌てふためくあたしを横目に、ヴァニスは口元に笑いを浮かべて離れていった。

 あんたねぇ! なに笑ってんのよ!

 誰のせいだと思ってんの!? あんな所に一晩突っ込んだあんたの責任でしょ!?

 こっちだって本心じゃ、あんたと共に食事をするのなんてカンベン願うわ!


 あたしは侍女に促されて移動しながら、ヴァニスの背中に向けて心の中で悪態をついた。


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