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人間の目線(1)

 ヴァニスの姿を見て熱狂する民衆と、それに手を振り応えるヴァニス。

 城下町を抜けて吊り橋を渡り、馬車が門をくぐった時には、その熱気にあてられたせいでグッタリ疲れて凹んでしまった。


 あの歓声、キッツイわ。自分がまったくの孤立無援のような気がしてくる。

 ただでさえ気分が沈んでる時に、更なるストレス要因。

 あぁ、乗り心地の悪い馬車に揺られて体中ギシギシ痛むし。

 重い気分と足を引きずりながら、あたしはヴァニスの後に続いてノロノロと城内へ入った。


「お兄様!!」


 明るい華やかな声が聞こえてきて、あたしはうな垂れていた顔を上げる。

 赤い絨毯の敷かれた通路の向こうから、ひとりの少女がこちらに向かって駆けてくるのが見えた。

「姫様! 駆けては危のうございます!」

 侍女らしき女性がドレスの裾をつまみながら、慌てて少女の後を追いかけてくる。


 ……姫様?


 年の頃は十代半ばくらいだろうか。

 ヴァニスと同じ揺るやかなウェーブの長い黒髪に、花の形の金色の髪飾りが良く映えている。

 頬の色と同じくほんのりピンクに染まったボリュームのあるドレスには、艶やかな生地全体に繊細なレースが贅沢に使われている。

 でも品質の高級さとデザインの上品さのお陰で、嫌味は全然感じない。

 胸元に細かな色とりどりの大量の宝石が、これでもかと縫いこまれていた。


「お帰りなさいませ! お兄様!」

「マティルダ」


 マティルダと呼ばれた少女は、ヴァニスに飛び付かんばかりに抱きついた。

 ヴァニスはにこやかに微笑み、少女の艶やかな黒髪を優しく撫でる。

 あたしは目をパチパチさせてその様子を眺めていた。


「お兄様、ご覧になって! 新しくあつらえたドレスよ!」

 少女はヴァニスから一歩離れ、その場でクルリと回って見せた。

 どことなくヴァニスに似た、まだ幼さの残る顔立ちが自慢そうに笑う。


「良く似合っているよ、マティルダ」

「本当!? 嬉しいわ! 何ヶ月も前から作らせていたの!」

「お前は何を着ても、とても良く似合う」

「まあ! お兄様ったら!」

「雫、余の妹だ。名をマティルダという」


 いきなりそう紹介されて、面食らってしまった。

 はい? あ、妹さんですかそうですか?

 なに? あたしも自己紹介しろって事なの? えぇっと……。


 相原 雫です。出身は異世界です。どうぞよろしくね!

 とは言いにくいし、困ったわね。何て説明すればいいのやら。


 口籠っているあたしを興味深そうな目で見ているマティルダちゃんが、ヴァニスに問いかけた。

「お兄様、こちらのとても珍しい顔立ちの女性はどなたですの?」


 ……とても珍しい顔……。


 そりゃね、大和民族は偏平な顔立ちよ。

 こっちの世界の人間に比べれば確かに凹凸は少ない方だし、東洋系なんて見た事も無いんだろうけど。

 だからってストレートに『珍しい顔』呼ばわりは無いんじゃない? 本人に面と向かって。

 このマティルダちゃんってお姫様なのよね?

 あまりにも育ちが良すぎて、素直過ぎるというか、常識が欠けているんじゃないかしら。

 高貴な人間にありがちな偏りね。

 まぁこの程度の事で子ども相手に腹を立てるなんて、大人げない事をするつもりは無いけれど。


「ああ、分かったわ! マティルダがお願いしていた小間使いね!? どこからか調達してきて下さったんでしょう!?」


 小間……調達って。

 あたしゃあんたの使用人じゃないんですけど? やっぱりちょっとムカつくわ。


「この者は雫という。余の客人だ」

 ヴァニスがあたしをそう言って紹介した。

 客人、と言われて少し意外に感じたけど、ああそうだ小間使いだよと言われなくて内心ホッとする。

 この先、奴隷のようにこき使われるのかと一瞬不安に思っちゃったわ。

 するとマティルダちゃんが、不思議そうな顔でまじまじとあたしを眺めながら言った。


「お客人? この女性がお兄様の? この珍しい顔が?」


 ちょっと!

 『顔』が客なわけじゃないわよ! あたし自身が客なんでしょ!?

 なによそれ! あなたやっぱりもう少し一般常識学んだ方がいいわよ!

 ヴァニスといいこの子といい、どうにもカンに触る物言いする兄弟ね!

 遺伝なのかしら! ほんとーにそっくりだわ!

 大人げなく怒るつもりは、全然ないけど!


 ムカムカしているあたしをキラキラした目で見ながら、彼女は兄に夢中で話しかける。


「お兄様、これからマティルダと一緒にお食事をして下さるのでしょう?」

「うむ。その約束だったな」

「珍しい顔のお客人も御招待してくださいな。ぜひお話を伺いたいわ」


 興味津々の邪気の無いニコニコ笑顔に、こっちは毒気を抜かれてしまう。

 この子、よっぽどこの顔が珍しいのね。なんだか自分が珍獣になった気分。

 まあ確かに、この世界にとってあたしは珍しい存在ではあるけど。


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