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 うねうねと長い首をしならせ、口からは涎がダラダラ。

 な、なんで涎垂らす必要があるわけ!? しかもあたしを完全にロックオンしながら!

 どうし……いやいい! あえて知りたくない!!


「きゃああぁぁーーー!!」

 あたしは血相変えて逃げ出した。

 ドレスの裾を踏んづけて転びそうになりつつ、必死に走り回る。

 妖怪馬達の入り乱れるひずめの音に追い立てられ、死に物狂いで逃げ込んだ先は……。


「あ」

 石柱のトライアングルの、見事にど真ん中……。


 あたしは周囲の石柱を見回し、ギリィッとヴァニスを睨み付けた。

 馬を使って誘い込んだわねぇ!? 狐狩りの狐かあたしは!

 どこまで非人道的な真似をするのよ! やっぱり狂王だわ!


 でも当のヴァニスは涼しい顔。

「どんと来い、と言ったのはお前自身だぞ」

「だからって本当に来させなくてもいいでしょ!? あたしは狩りの獲物じゃないわよ!」

「狩りなどしていない。馬たちと触れ合わせてやろうとしただけだ」

「余計なお世話よ! 涎垂れてる目の血走った馬なんて、触りたくもないわ!」


 狂犬病よりタチが悪いわ! そんな危険物体!


「おーえるという者が何者かは知らぬ。が、お前のような手合いの女の扱いなど、造作も無い」

「なんですってぇ!?」

「自尊心だけは高いが、中身は至極単純。片手一本で扱いは可能だ」


 こ……この……どこまでも徹底的に、人をバカにした物言いときたら!!

 今までの人生で会った、どの上司よりも虫が好かない!


「だからあんたのそーゆーとこ……!」

 歯を剥いて怒鳴りつけようとした瞬間、石柱が唸るような音を立てて、振動し始めた。

 言いかけた言葉を飲み込み、あたしは不安な気持ちでキョロキョロ周りを見上げる。

 白い石柱が微細に揺れている。

 空気を振動させ、低い音を鳴らし、まるで互いに呼び合っているようだ。

 気のせいか音が、次第に大きくなっていく?


 途端にあたしは、訳の分からない不安に駆られる。

 な、なんだか全然理解できないけど、何かがヤバイ!

 あたしはとっさに石柱のトライアングルゾーンから飛び出そうとした。


「動くな!」

 ヴァニスが鋭い声を発してあたしを止めようとする。

 でもあたしはお構い無しに逃げ出そうとした。

 この状況で動くなと言われて、誰が素直に「はいそうですか」と戻るのよ。アホかあんたは。

 ふんっと鼻から息を吐き出し、一歩前へ踏み出そうとした足が止まった。

 あたしの目は、白く輝く刀身を捕らえる。

 ヴァニスが剣を抜き、その切っ先をあたしの鼻先に向けて構えていた。


「動くな。そこから一歩でも動けば、斬る」


 両耳にヴァニスの冷淡な声が聞こえる。

 あたしの両目は輝く刀身から離れない。

 今まで日常生活ではまったく無縁だった、剣という名の武器。

 それが無造作に自分に突きつけられて、想像のつかないその脅威に足がすくんで動けない。


 ヴァニスは恐らく本気で言っている。

 脅しじゃない。この男は本当に、斬る。

 狂王と呼ばれるこの男なら迷いも無く本当に人間を斬る。


 目の前にはヴァニスの剣。そして周囲には振動する石柱。

 あぁ、にっちもさっちも!


 唸る音の広まりにつれて、空気が息苦しいほどにますます張り詰めていく。

 進退窮まったあたしの額に汗が浮かぶ。手の平にもじっとりと汗が滲んだ。

 どうしよう!? どうする!?

 このままこの場所にいたら危険だわ! でも逃げたら容赦なく斬り付けられる!

 いちかばちか、剣から身をかわして走って逃げ出そうか? 逃げ切れる?


 ヴァニスの冷静沈着な目が、ひどく怖い。

 ただ片手で剣を構えているだけなのに、腹の底が冷えるような威圧感を感じる。

 きっと相当な腕前なんだろう。素人のあたしが剣をかわすのはきっと不可能だ。

 仮に一瞬逃げおおせたとしても、馬に乗った護衛の兵士達に、あっという間に取り囲まれてしまうのは明らかだし。


 焦る間にも石柱はますます激しく唸り、振動を続ける。

 緊迫して高まった空気が皮膚を刺激して、痛みまで感じるほどだ。

 何かが、確実に迫っている。得体の知れない、良くない何かが!


 どうする? どうしよう? どうにもできない。

 額の汗がツゥッとこめかみを伝った。背中にも汗がじわじわと滲む。

 あたしもしかして、この場で死んでしまう?

 あぁ、約束したのに。ジンに、必ず戻ると約束したのに。


 ジンの笑顔が脳裏に浮かぶ。

 胸が締め付けられるように、切ないほどに痛んだ。

 あたしを見つめる銀色の瞳。風に揺れる銀の髪。

 そっと触れ合った優しい指先。

 会いたい。彼にもう一度会いたい!

 会えないままで死にたくない! ジン! あたし、あなたに会わずに死ねない!


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