(4)
どんな力を持っていたとしても、神は特別でも偉大でもない。
そう言いたいの? だから人間が神に対して卑屈になる必要はないって?
そりゃモネグロスを見てる分には、ほんとに偉大かどうかは疑問の余地の残るところだけど。
「あたしは別に、卑屈になってるつもりは無いわ。それに神達だって、偉ぶってふんぞり返ってるわけでもないわよ」
「ほう?」
モネグロスの偉大さについては疑問だけど、でも彼の性格の良さだけは、自信をもって保証できる。
絶対に奢り高ぶったり、人間を見下したりなんかしない。モネグロスはそんな性悪じゃない。
「あなたのように拷問や公開処刑なんてしない」
「そうだな。それは確かにその通りだ」
「国王だからって圧政を強いたり、神達を滅ぼそうとする権利なんてないわ」
「権利、か……」
「自分達は平等だと主張するなら、なおのことそうでしょう? 共にこの世界に生きていくべき、愛すべき存在よ」
あたしはハッキリと主張した。
今まできっと誰ひとり、国王陛下の行いを批判するような発言をする人間なんて、いなかったはず。
ヴァニスにとって、さぞかし不愉快で耳障りの悪い発言だろう。
それでもヴァニスは顔色ひとつ変えない。強い視線もそのままで、まっすぐ正々堂々とあたしを見つめている。
そしてあたしは疑問を深める。
なぜ? と。
なぜヴァニスはこんなに揺るぎ無いんだろう。
なぜ国民はあんなにヴァニスを支持するのだろう。
この男が世界の敵なのは間違いないのに。そうよ。それは間違いないのに。
何かが欠けている。
あたしの知らない何かがあるんだ。きっとこの世界の事情の中に。
ヴァニスが自分自身を恥じない何かが。国民があれほど心酔する何かが。
それが紛失したパズルのピースのように、あたしを不安にさせている。
ひとつぐらいピースが欠けたところで、大局に相違ないと思う。
ヴァニスが過ちを犯し、世界を危機に陥れているという大局の事実には。
でも、たったひとつだけポツンと空いた空洞が、否応にも目を引き不安をあおる。
そこからバラバラと音を立てて、全てのピースが崩れていきそうな不安が捨てきれないんだ。
「雫、そこへ立て」
突然ヴァニスが話題を変えた。
あたしは自分の暗い思考からハッと引き戻される。
「え? な、なに?」
「そこへ立て」
「そこってどこよ?」
「その石柱の間だ」
あたしは白い三本の石柱を見た。
このトライアングルの中に立てって? あたしに?
……なんか…… 嫌。
それ、ものすごく、嫌。
な~んか、微妙な恐怖感がふつふつと湧いてくる。
しかもヴァニスって何を考えているのか全然分からないし。
素直に言う通りにして、あたしにメリットがあるとは思えない。
メリットどころかいい餌食にされそうだわ。絶対、裏がある。絶対。
「早くせよ」
「な、なんでよ? ちゃんと理由を話してよ」
「話す必要などない。これは命令だ」
……カチンッ!
またそれ? また『命令』?
「……あのねぇ」
「なんだ? 早くせよ」
「あんたみたいに上に立つ人間が、よく陥りがちな勘違いなんだけどね。OLが命令され慣れてる人間だとは思わない方が賢明よ?」
「おーえる??」
奴隷じゃないの。部品でもないの。
「命令」ってキーひとつで思い通りに動くシステムでもないの。
筋の通った「指示」なら仰ぐし聞くけれど。
『こいつは言う事聞いて当然だ』なんて思い込まない方が身のためよ?
組織の中でOLの扱いを間違える事ほど、危険な行為はないんだからね?
「おあいにくさま! あんたの思い通りになんか意地でもならないわよ!」
キッパリそう宣言して、あたしはふんっとソッポを向いた。
ヴァニスは瞬きしながら、完っ璧にヘソを曲げてしまったあたしを見ている。
「つべこべと言わず、早くせよ」
「嫌です。拒否します」
「拒否する権限はお前には無い。これは命令だからだ」
「あんた、人の話ぜんぜん聞いてないでしょ!?」
「なぜそんなにも頑なに拒否するのだ? それこそ理由を言え」
「理由? 自分の胸に手を当ててよく考えたら?」
「ふむ、わかったぞ」
ヴァニスは小ばかにしたような薄目になった。
「お前、恐れているのだな? この臆病者めが」
「臆……!? なによそれ!」
あたしはグィッと顔を戻してヴァニスを睨みつけた。
「勘違いしないでよ!」
「やれやれ、そちらの世界の人間は軟弱なのだな。気骨というものが全く無い」
「何言ってるのよ! あたしはねぇ!」
データ壊した上司に代わって、ニ週間ブッ続けでサービス残業して、資料をまとめ上げた女よ!
気骨と気概の代名詞って絶賛されたんだから!
「ふっ。なにが気概の代名詞、だ」
「なによ! 嘘じゃないわよ本当よ!」
「双頭の馬にも慄くようでは、その気概とやらの程度も知れよう」
「甘く見ないで! ろくろ首なんか怖くないわ!」
「ほう? 平気だと?」
「そうよ! まったく平気よ! どーんと来いってなもんよ!」
「よし分かった。……おい」
ヴァニスが護衛の兵士に向かって手を上げると、兵士達は心得たように頷き、馬にまたがる。そして……。
全員揃って、あたしに向かって突進してきたーー!
ぎゃああ! イヤぁぁ!!
妖怪馬が集団で、首をうねらせながらこっちに接近中!
その目が血走ってる! 目ぇぇーー!!




