(3)
「始祖の……?」
「始祖の神。この世界は神々によって作られたのは知っているか?」
「ええ」
「その全ての神々を生み出した神の母。この世界の真の始祖だ」
世界の真の始祖。そんな神様がいたのね。初めて聞いたわ。
「ここは始祖の神が最初に降り立った場所だと言われている」
「今、その神様はどこにいるの?」
「もういない」
「いない?」
「消えたのだ。神達を生み出した後に忽然と」
忽然と消えてしまった? 産みっぱなしで?
こう言っちゃなんだけど、それってかなり神様っぽくない行動ね。
産むだけ産んでほったらかしなんて、よく聞くバカ親みたい。
「ホントにそれって神様なの?」
「神というものは、お前が思うほどに特別な存在ではない。我ら人間と少しだけ異なる能力を持った、同じ世界に生息する存在。ただそれだけだ」
『自分は神よりも偉大な存在である』
そう豪語して憚らない男。そして神を排除しようとしてる人間。
いかにも相応しい発言ね。傲慢そのもので。
身の程を知らない、勘違いな愚か者に相応しい発想だわ。
神を見下すその態度が、どれほど滑稽に見えているのか自分で気付いていない。
「お前、余を見下しているのか?」
あたしはハッと息を飲んだ。
ヴァニスはいつの間にか石柱ではなく、あたしを見ている。
「今、そんな目をしているぞ。お前は」
あたしはうろたえた。
み、見下す? あたしがヴァニスを見下している?
神を見下すヴァニスを、今度はあたしが滑稽な奴だと見下してるって?
だ、だってそれは当然でしょう?
人間のくせに神様に刃向かうなんて、普通に考えて滑稽だもの。
そうよ、当然よ。だから別に、あたしが後ろめたい気持ちになる必要なんて無いわよ。
愚かな勘違いをしているのはヴァニスの方だもの。
「余を愚かな考えの持ち主だと思っているのであろう?」
グッと詰まる。さっきから痛いぐらいズバリと思考を読まれて、体裁が悪い。
なんだろう。妙な罪悪感にも似た、この感情は。
あたしに非は無いはずなのに、なぜかヴァニスの顔を堂々と見られない。
そうだ。この目だ。
まっすぐあたしを見つめる、この冷静な目のせいだ。
決然とした意思のこもった黒い瞳からは、少しも感じられないんだ。悪意や狂気といったものが。
なぜなの? 悪名高い暴君のくせに。
あんな非道な事をしておいて、なぜこんなに堂々としていられるの? なぜそんなに胸を張っていられるの?
その時、かすかな鳥のさえずりが聞こえた。
頭上を白い小鳥が伸び伸びと飛んでいく。
「お前は、自分があの鳥よりも偉大だと思うか?」
「え? 偉大って?」
「鳥から見たら、我ら人間は特別に見えるだろう。自分達には生み出せない物を生み出し、成し得ない事を成す。まさに我らから見た『神』のごとし、だな」
神の、ごとし? あたし達人間が?
「今一度、問う。雫よ、お前は鳥よりも偉大で特別な存在か?」
「そ、それは……」
ヴァニスの真っ直ぐな、逸らす事を許さない強い強い視線を受けて、あたしは思わず真面目に考え込んだ。
鳥よりも偉大かって?
それは、その、そういう次元の問題じゃないでしょう?
鳥は鳥だし、人間は人間よ。
ただそれだけ。純粋にそれだけ。
どっちが偉大でも上等でもないし、どっちが劣等でも下等でもないわよ。
「それぞれが同じ土壌に生きる、等しい存在に決まってるじゃないの」
「そうだ。等しい存在だ。我ら人間はそれを良く知っている。特別でも無く、偉大でもないのだ。それを決して忘れてはならない」
それは……神と人間の関係を暗示しているの?