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始祖の神(1)

 そう言うなりヴァニスはこっちに向かって歩き出した。

 大股でヒョイッと段差を飛び降り、ツカツカとあたしの横を通り過ぎていく。

 広間の半分も過ぎた辺りで、あっけに取られているあたしを振り返った。


「来ないのか?」


 いや、そんな突然、来ないのか?って言われても。

 どこへ? なにしに? なんで?

 って基本事項をまったく聞いてない以上、簡単に「行く」とは言えないわよ。


「来ないのなら、また牢屋へ逆戻りだぞ」

「え?」


 逆戻り? あの場所へ?

 あたしは部屋の隅の、あの悪臭漂う四角い箱を思い出した。


「ついて来るなり牢屋へ戻るなり、好きに選ぶがよい」

「行くわ!」


 速攻で返答したあたしは、慌ててヴァニスの後を追う。

 ちょ、ちょっと待ちなさいよ! あんた歩くの早いのよ! こっちは不慣れなロングドレスなんだから!


 ドレスを軽く摘み上げながらパタパタと急ぎ足で追いついた。

 入り口の扉が、畏まった兵士達によってゆっくりと開かれる。

 ヴァニスの後ろをおとなしく歩き、扉を通ってその先に続く長い通路を進んでいった。

 どこへ行くつもりなのかしら?

 まったく考えが読めなくて不安になる。何をするつもりなの?


 あたしはヴァニスに声を掛けようとして、周囲の様子に気がつき口を噤んだ。

 通路の両脇に城内の人間達が、ずらあ~!っと勢ぞろいして整列している。

 皆一様に深く腰を折り曲げ、神妙このうえない様子で畏まっているその異様な雰囲気についていけずに、ただ無言で歩くしかなかった。


 しかもこのずらあ~!は、延々どこまでも続いている。

 いったいどこから出てきたのよ、この人数。まるきりマラソンの街頭応援だわ。


 呆れていると、城外へと続く巨大で分厚い扉が進行方向に見えてきた。

 両開きに開かれているその扉に向かい、ヴァニスは真っ直ぐ歩いていく。

 この城の正面玄関らしきそこから一緒に扉を抜け出た瞬間、あたしは青い空と新鮮な空気を感じて思わずホッと息をついた。

 あぁ、いつの間にかもう夜が明けていたのね。

 半地下の暗い牢屋の中じゃ感覚が狂ってしまって、時間の経過が良く分からなかったから。


「あれに乗るぞ」


 空の青さと木々の緑に和んでいると、ヴァニスがそう言って前方を指差した。

 あたし達のすぐ前方に横付けされている乗り物。

 あれって……。


「なに?」

「馬車だ」

「馬、車?」

「馬車を知らぬのか? 馬車とは人を運ぶための、馬を利用した乗り物の事なのだ」


 したり顔で説明するヴァニスに向かって、あたしは手と顔を横に振った。

 いや、違うのよ。そうじゃないの。

 馬車くらいは知ってるのよ。あたしも。

 そうじゃなくて。車の方じゃなくて。


「あの生き物、なに?」

「だから、あれが馬だ」

「う……??」


 うま?? あれが、馬??


 あたしは、馬と呼ばれた生き物を恐る恐る眺める。

 確かに体格的には、あたしの持ってる知識の中の馬だわ。

 色は茶褐色で足が長くて、たてがみもあって。


 でも、なんで黒目部分が横長なの?

 あれってヤギ科の特徴よね? 明らかに馬とは違うわよね?

 しかも、なんで耳があんなにデカくて長いの?

 長すぎて重力に逆らいきれずに、ダランと垂れ下がっちゃってるじゃないの。

 どうみても50センチ以上の長さはあるわ。

 おまけにご丁寧にこの『馬』、ツノまで生えてるし。

 ぐるんぐるんに渦巻いて、ぴんっと上に向かって伸びてる立派なツノが。

 たてがみまでもが天パーみたいにくるんくるん。しかも、一番疑問なのが。


「……なんで頭がふたつもあるの!?」


 首の付け根の部分から、二股に分かれてる!

 しかも首が長~いのよ! ろくろ首みたいに!

 馬よりヤギより、分類的には妖怪変化の領域にしか見えない!!


「双頭の馬は、古来より格式と栄誉の象徴なのだ。王族だけが所有を許されている」


 妖怪変化が、格式と栄誉の象徴……。

 あぁ、またカルチャーショック。異文化の壁が立ちはだかっている。

 この不気味な長い二本の首と横長の黒目で。


「そうか。お前の世界に馬はいないのか」


 ヴァニスがまた興味深げな声で納得する。

 いや! いるから! 馬はいるの!

 いないのは、頭をふたつ並べてこっちをガン見するヤギっぽい妖怪変化だから!


 ヴァニスは硬直しているあたしを気にもしないで馬車に乗り込んだ。

 二人掛けで屋根の無い、オープンスタイルのクラシカルな『馬車』に。

「さあ、乗るがよい」


 乗るの!? これに乗るの!?

 妖怪車に乗らなきゃだめなの!?

 なんか、行ってはいけない所に行ってしまいそうな気がするんだけど!


「はっきり言って乗りたくないわ!」

「いいから乗れ」

「よかったらあたし、後から走ってついていくけど!?」

「おもしろい冗談ではあるが、それに付き合っている時間が惜しい。早く乗るがよい」


 うぅ、やっぱり乗らなきゃならないのね?

 あたしは泣く泣く馬車に乗り込んだ。

『馬』はいったい何が気にかかるのか、長い首をクネッと捻ってジーッとあたしを見続けている。

 またたきひとつしない、横長で黒目の目玉が異常に怖い。


 お願い! こっち見ないで!

 ただでさえ怖いのに、その顔がふたつも揃うと迫力倍増なの!

 だからあたし、オバケ屋敷は大の苦手なんだって言ってるじゃないの!

 ペキニーズといい、この『馬』といい、とことんあたしって動物と相性良くないのかしら!?


 座席の後ろの御者が、長いたずなをパシッと捌いた。

 馬はようやくあたしから視線を逸らし、前を向いて走り出す。

 やっと視線から逃れて安心していると、ひづめの音がパカパカと左右から近づいて来た。

 護衛役らしい兵士達が数名、馬車にビッタリ寄り添うように密着する。


 全員『双頭の馬』に乗って!


 いやーー! 前後左右、ビッチリ隙間なく、ろくろ首系妖怪変化にマークされてしまってるーー!

 しかも、なんで全員こっち見てるの!?

 顔をくっつけんばかりに、あたしを見つめる真意はなにーー!?


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