表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
70/182

(7)

 そうよ。あたしの理屈に反論できずに、あんたは認めるしかなかったんでしょ?

 それをいかにも、自分の特別な計らいみたいなこと言って。

 やれやれ、これだからプライドの高い男は始末におえないのよ。自分の負けを素直に認める事ができないのよね。

 子どもっぽい自尊心。付き合ってられないわあぁ。


 って、思考のこもった視線を向ける。

 あたしの意思はどうやらしっかり伝わったらしい。ヴァニスの目が、バカにしたような薄目になった。


「お前、まさかあんな理屈が、立派に通用したとでも思っているのか?」

「はあぁ?」

「土の精霊は鳥目でもなんでもない。確かに余を認識して襲ってきたのは明白だ」

「だから、それはですねぇ」


 あーもーこれだわ。駄々っ子みたいに持論をごり押し。


「ヴァニス王、気持ちは分かりますけど」

「忘れたのか? あの時土の精霊が、余の名をはっきり叫んでいたのをだ」

「え?」


 名? 名って。

 ……あ。


 そうだ。確かに叫んでた。

 それであたし、狂王の本名を初めて知ったんだったわ。あ~~……。

 勝ち誇った気分がみるみる萎んで、気まずい気分が逆にどんどん膨らんでいく。


「さあどうするか? 今度は何と言い逃れをするのだ?」


 あたしの様子を見ながら、意地悪そうな声でヴァニスはたたみ掛けた。

 ……むか。なにその態度。

 自分の立場が優勢だからって、いかにも自慢げな上から目線っ。

 特権意識が丸見え!これだから上流階級って気に食わないのよ!


「さあ、鳥目以外の言い分があるなら申してみよ」

「あ、あれは、つまり」

「つまり?」

「つまり、だから」

「だから?」


 頭の中で必死に言い訳を考える。せわしなく視線を動かしていると、ヴァニスの表情が目に映った。

 いかにもバカにした風な薄目と口元の表情が。

 あたしが返答できないのを、あえて見越して追い詰めて楽しんでる。

 それを見たら、ますますムカっ腹が立ってきた!


 こいつ根性最悪! ますます絶対に負けたくないわ!

 どんな言い訳でも屁理屈でも捏ね繰りだして、言い負かしてやる!

 口喧嘩で男が女に勝とうなんて、500年早いんだって事を思い知らせてやるわ!


「あれは、つい、よ! つい、出ちゃったのよ!」

「つい?」

「あれはね、ノームのクシャミよ!」

「クシャミ??」

「人間だってクシャミした時、つい鼻水とか唾とか出ちゃうでしょ! ノームの場合は体から蔓が飛び出るのよ!」

「……」


 ヴァニスは無表情で、無言になった。


 よぉし! 勝ったわ!!

 ふふっ、これでどう!? さすがにクシャミまでは反逆には問えないでしょ!?

 飛び出た唾や蔓の方向をコントロールするなんて不可能だしね!

 さあ、これでもまだ自分の負けを認めないつもり!?


 自慢げなあたしを見ながらヴァニスは呆れ顔で溜め息をついた。

「そんな、子どもでも言わぬような持論をゴリ押ししてまで、自分の負けを認めたくないのか」


 ……むかっ。


「まるで駄々っ子だな」


 ……むかむかっ。


「これだから自意識の強い女は始末におえぬわ」


 むかむかむかーー!!

 な、なにそれ!? さっき心の中で、あたしが思った事そのまんまパクリじゃないの!

 まるまんま返されて、余計に腹立つーー!


 拳を握り締めて屈辱感に耐えていると、また無表情に戻ったヴァニスが淡々と話し出す。


「お前にとって、あの土の精霊はよほど大事な存在らしい」

「そうよ! 当然よ! ノームは大事な仲間なんだから!」

「だから生かしておく事にした。お前への人質としてな」

「人質ですって!?」

「その方が、殺してしまうよりもよほど利用価値がある」


 その言葉に対して、あたしの心に屈辱感とは別の怒りがこみ上げる。

 人質。利用価値。

 なんて男なの!? こんな卑劣な発言を堂々と言い放つなんて!! 恥知らず!!


 拷問や公開処刑で、罪無き者を苦しめて我欲を叶えようとする。

 さすがは狂った王だわ。こんな男をこのまま放置しておいたら、人間の国は、いいえ、この世界そのものが崩壊してしまう。

 モネグロスや、ジンや、ノームやイフリート達が生きるこの世界が。


 間違いない。

 この男は敵だ。

 あたし達にとって。そしてこの世界にとって。


 ふつふつと怒りの込み上げるあたしに、ヴァニスが頬杖をつきながら、事も無げに言った。

「土の精霊の命が惜しければ返答せよ」


 突き刺すような視線に、あたしは反発した。なによ!? なにを言い出すつもり!?


「お前は、何の為にこの世界へ来訪した?」


 ……は?


 一瞬、気が削がれた。なんの? 何のため?


「お前がここに、この世界へ来た理由はなんだ? 何の目的で、何の為にこの世界へやってきたのだ?」


 あたしは戸惑った。

 それは、あたしがここへ来たのは、だから、偶然で。

 向こうの世界を捨てようとした時と、水の精霊が呼びかけてきた時が、偶然一致して。


 ただそれだけの理由。別に何のためでも、何かの目的があるわけでもなくて。


『お前の来訪にはきっと意味がある』


『お前は特別な人間』


 モネグロスやイフリートやジン達の言葉が頭に甦った。

 何度も繰り返し聞いた言葉。

 ただの慰めや勇気付けの言葉と思って、そのつど聞き流していた。

 これからの自分の行動によって、その言葉を真実のものにしようと考えていたけれど。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ