(7)
そうよ。あたしの理屈に反論できずに、あんたは認めるしかなかったんでしょ?
それをいかにも、自分の特別な計らいみたいなこと言って。
やれやれ、これだからプライドの高い男は始末におえないのよ。自分の負けを素直に認める事ができないのよね。
子どもっぽい自尊心。付き合ってられないわあぁ。
って、思考のこもった視線を向ける。
あたしの意思はどうやらしっかり伝わったらしい。ヴァニスの目が、バカにしたような薄目になった。
「お前、まさかあんな理屈が、立派に通用したとでも思っているのか?」
「はあぁ?」
「土の精霊は鳥目でもなんでもない。確かに余を認識して襲ってきたのは明白だ」
「だから、それはですねぇ」
あーもーこれだわ。駄々っ子みたいに持論をごり押し。
「ヴァニス王、気持ちは分かりますけど」
「忘れたのか? あの時土の精霊が、余の名をはっきり叫んでいたのをだ」
「え?」
名? 名って。
……あ。
そうだ。確かに叫んでた。
それであたし、狂王の本名を初めて知ったんだったわ。あ~~……。
勝ち誇った気分がみるみる萎んで、気まずい気分が逆にどんどん膨らんでいく。
「さあどうするか? 今度は何と言い逃れをするのだ?」
あたしの様子を見ながら、意地悪そうな声でヴァニスはたたみ掛けた。
……むか。なにその態度。
自分の立場が優勢だからって、いかにも自慢げな上から目線っ。
特権意識が丸見え!これだから上流階級って気に食わないのよ!
「さあ、鳥目以外の言い分があるなら申してみよ」
「あ、あれは、つまり」
「つまり?」
「つまり、だから」
「だから?」
頭の中で必死に言い訳を考える。せわしなく視線を動かしていると、ヴァニスの表情が目に映った。
いかにもバカにした風な薄目と口元の表情が。
あたしが返答できないのを、あえて見越して追い詰めて楽しんでる。
それを見たら、ますますムカっ腹が立ってきた!
こいつ根性最悪! ますます絶対に負けたくないわ!
どんな言い訳でも屁理屈でも捏ね繰りだして、言い負かしてやる!
口喧嘩で男が女に勝とうなんて、500年早いんだって事を思い知らせてやるわ!
「あれは、つい、よ! つい、出ちゃったのよ!」
「つい?」
「あれはね、ノームのクシャミよ!」
「クシャミ??」
「人間だってクシャミした時、つい鼻水とか唾とか出ちゃうでしょ! ノームの場合は体から蔓が飛び出るのよ!」
「……」
ヴァニスは無表情で、無言になった。
よぉし! 勝ったわ!!
ふふっ、これでどう!? さすがにクシャミまでは反逆には問えないでしょ!?
飛び出た唾や蔓の方向をコントロールするなんて不可能だしね!
さあ、これでもまだ自分の負けを認めないつもり!?
自慢げなあたしを見ながらヴァニスは呆れ顔で溜め息をついた。
「そんな、子どもでも言わぬような持論をゴリ押ししてまで、自分の負けを認めたくないのか」
……むかっ。
「まるで駄々っ子だな」
……むかむかっ。
「これだから自意識の強い女は始末におえぬわ」
むかむかむかーー!!
な、なにそれ!? さっき心の中で、あたしが思った事そのまんまパクリじゃないの!
まるまんま返されて、余計に腹立つーー!
拳を握り締めて屈辱感に耐えていると、また無表情に戻ったヴァニスが淡々と話し出す。
「お前にとって、あの土の精霊はよほど大事な存在らしい」
「そうよ! 当然よ! ノームは大事な仲間なんだから!」
「だから生かしておく事にした。お前への人質としてな」
「人質ですって!?」
「その方が、殺してしまうよりもよほど利用価値がある」
その言葉に対して、あたしの心に屈辱感とは別の怒りがこみ上げる。
人質。利用価値。
なんて男なの!? こんな卑劣な発言を堂々と言い放つなんて!! 恥知らず!!
拷問や公開処刑で、罪無き者を苦しめて我欲を叶えようとする。
さすがは狂った王だわ。こんな男をこのまま放置しておいたら、人間の国は、いいえ、この世界そのものが崩壊してしまう。
モネグロスや、ジンや、ノームやイフリート達が生きるこの世界が。
間違いない。
この男は敵だ。
あたし達にとって。そしてこの世界にとって。
ふつふつと怒りの込み上げるあたしに、ヴァニスが頬杖をつきながら、事も無げに言った。
「土の精霊の命が惜しければ返答せよ」
突き刺すような視線に、あたしは反発した。なによ!? なにを言い出すつもり!?
「お前は、何の為にこの世界へ来訪した?」
……は?
一瞬、気が削がれた。なんの? 何のため?
「お前がここに、この世界へ来た理由はなんだ? 何の目的で、何の為にこの世界へやってきたのだ?」
あたしは戸惑った。
それは、あたしがここへ来たのは、だから、偶然で。
向こうの世界を捨てようとした時と、水の精霊が呼びかけてきた時が、偶然一致して。
ただそれだけの理由。別に何のためでも、何かの目的があるわけでもなくて。
『お前の来訪にはきっと意味がある』
『お前は特別な人間』
モネグロスやイフリートやジン達の言葉が頭に甦った。
何度も繰り返し聞いた言葉。
ただの慰めや勇気付けの言葉と思って、そのつど聞き流していた。
これからの自分の行動によって、その言葉を真実のものにしようと考えていたけれど。