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 あたしはオウム返しに聞き返した。

 森の人間の国。人間の国って言ったよね? 確かに今、そう言ったわよね?


 あたしの胸に、ぱあぁっと明るい日差しが差し込んだ。


 いるんだ!

 ここの世界にも人間がいるんだ! その、森の国って所に住んでいるんだ!


「あの! どうすればその国に行けますか!?」

「え?」

「そこに行けば助かるかもしれない! 元の世界に帰る方法が見つかるかもしれない!」

「…元の世界?」

「あたし、ここじゃない別世界の人間なんです! まったくの別世界で暮らしてたんです!」


 あたしは矢継ぎ早に説明した。

 会社の屋上での不思議な雨。目が覚めたら砂漠に倒れていた事。

 ふたつの太陽や月なんて存在しない世界。精霊も神もいない世界。


 必死の形相で訴えるあたしを、水の精霊は食い入る様に見ている。

 理解、されてないのかな?

 そりゃいきなり別世界からトリップして来ました、なんて言われても驚くだろうけど。

 でも何とか助けて欲しい! その森の人間の国って所に連れて行って欲しい!


 人がいれば文化がある。文明がある。知識がある。あたしが元の世界へ帰れる方法があるかもしれない。

 そしたら、あの二人への復讐が叶えられる!

 よーし! さすがは神様の実在する世界だわ! 神は哀れな子羊を見捨てたりしないのね!


「別の世界から、いらしたのですか?」

「はい! 別世界から来ました!」

「別世界。そんな物が実在するのですか?」

「本当です! 嘘じゃないんです!」


 あたしは叫ぶようにして真実を訴えた。

 あぁ、どうすれば、どうすればこの大変な現状を理解してもらえるんだろう?

 どうすれば、この信じられない事態を信じてもらえるんだろう?


「分かりました。信じます」

「…はい?」


 水の精霊は頷いて納得してくれた。

 ず、ずいぶんアッサリ信じてもらえてしまったわね。

 こんなに簡単に人を信じるなんて、大丈夫なの? この精霊さん。

 こんなんで無事に世の中渡っていけてるのかしら?


「あなたは本当に、この世界とはまったく異質な文化をお持ちのようですから」

「まったく異質な文化って…」


 じっとあたしを見つめる精霊の視線を辿ると、その先には……あ、会社の制服。


 あ、ありがとう専務! 専務のセンスのお陰で、非常事態を乗り切れたみたいです!

 この制服に決まった時に、陰でさんざん皆で悪口言ってごめんなさい!


 あたしは専務の姿を思い浮かべ、心の中で手を合わせた。


「そのうえで私は、あなたに謝罪しなければなりません」


 熱心に心の専務を拝んでるあたしに、水の精霊が悲しげな様子で言った。


「謝罪? あたしにですか? どうして?」

「私があなたを、こちらの世界に呼び込んでしまったからです」

「えぇっ!!?」


 あたしをこの世界に呼び込んだ!? この水の精霊が!?

 な…

 な…な…


「なんでですかっ!!?」


 あたしは噛み付くような勢いで精霊に食って掛かった。


 なんて事してくれたのよ本当に!! 

 あたしになんの恨みがあるって言うの!?

 こんな目に遭わされる心当たりなんかないわよ! 初対面の相手に!


「なんでそんなヒドイ事したのよ!?」

「私の命が、今ここで尽きるからです」


 ……え?


「私は今、ここで最期を迎えます。だから別の水の精霊の力が必要だったのです。仲間の精霊に、無事に砂漠を越えてもらうために」


 目の前の水の精霊は、とても冷静だった。

 伏し目がちで悲しげではあるけれど悲壮感はまったく無い。

 だから余計にあたしは、その言葉をいまいち信じ切れない。


 だって自分の命が尽きるって時に、なんでこんなに落ち着いていられるの?

 それってものすごく大変な事でしょう?

 それとも精霊と人間の命には差があるものなのかしら? 命が尽きるなんて、精霊にとってはたいした事じゃないの?

 それに…


「それで何で、あたしが呼ばれたの?」


 必要なのはあたしじゃなくて、水の精霊なんでしょう?

 悪いけど、あたしが駆けつけたって役立たずよ完璧に。一緒に乾物になるくらいしか出来ないわ。


「私の呼び掛けが、他の精霊に届かなかったようです。あるいは、届いてもここに来るだけの力がもはや無いのかもしれません」


 力が無い? 精霊の?

 精霊の力って、よく分かんないけどすごく特別そうに思えるけど。

 そんな大層な物が無くなったりするものなの?

 そんなあたしの疑問に、精霊は更に悲しげに答える。


「この世界の神や精霊の力は風前の灯です。だから私の身も、この砂漠に耐えられなかった」

「風前の灯火って、なんでそんな事に?」

「全ては、森の国の狂王が原因なのです」


 森の国の、狂王? 狂王ってまた、たいそうなネーミングだけど。

 森の国って人間の住む国の事よね? じゃあ人間の王様が狂ってるの?


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