(4)
あたしはオウム返しに聞き返した。
森の人間の国。人間の国って言ったよね? 確かに今、そう言ったわよね?
あたしの胸に、ぱあぁっと明るい日差しが差し込んだ。
いるんだ!
ここの世界にも人間がいるんだ! その、森の国って所に住んでいるんだ!
「あの! どうすればその国に行けますか!?」
「え?」
「そこに行けば助かるかもしれない! 元の世界に帰る方法が見つかるかもしれない!」
「…元の世界?」
「あたし、ここじゃない別世界の人間なんです! まったくの別世界で暮らしてたんです!」
あたしは矢継ぎ早に説明した。
会社の屋上での不思議な雨。目が覚めたら砂漠に倒れていた事。
ふたつの太陽や月なんて存在しない世界。精霊も神もいない世界。
必死の形相で訴えるあたしを、水の精霊は食い入る様に見ている。
理解、されてないのかな?
そりゃいきなり別世界からトリップして来ました、なんて言われても驚くだろうけど。
でも何とか助けて欲しい! その森の人間の国って所に連れて行って欲しい!
人がいれば文化がある。文明がある。知識がある。あたしが元の世界へ帰れる方法があるかもしれない。
そしたら、あの二人への復讐が叶えられる!
よーし! さすがは神様の実在する世界だわ! 神は哀れな子羊を見捨てたりしないのね!
「別の世界から、いらしたのですか?」
「はい! 別世界から来ました!」
「別世界。そんな物が実在するのですか?」
「本当です! 嘘じゃないんです!」
あたしは叫ぶようにして真実を訴えた。
あぁ、どうすれば、どうすればこの大変な現状を理解してもらえるんだろう?
どうすれば、この信じられない事態を信じてもらえるんだろう?
「分かりました。信じます」
「…はい?」
水の精霊は頷いて納得してくれた。
ず、ずいぶんアッサリ信じてもらえてしまったわね。
こんなに簡単に人を信じるなんて、大丈夫なの? この精霊さん。
こんなんで無事に世の中渡っていけてるのかしら?
「あなたは本当に、この世界とはまったく異質な文化をお持ちのようですから」
「まったく異質な文化って…」
じっとあたしを見つめる精霊の視線を辿ると、その先には……あ、会社の制服。
あ、ありがとう専務! 専務のセンスのお陰で、非常事態を乗り切れたみたいです!
この制服に決まった時に、陰でさんざん皆で悪口言ってごめんなさい!
あたしは専務の姿を思い浮かべ、心の中で手を合わせた。
「そのうえで私は、あなたに謝罪しなければなりません」
熱心に心の専務を拝んでるあたしに、水の精霊が悲しげな様子で言った。
「謝罪? あたしにですか? どうして?」
「私があなたを、こちらの世界に呼び込んでしまったからです」
「えぇっ!!?」
あたしをこの世界に呼び込んだ!? この水の精霊が!?
な…
な…な…
「なんでですかっ!!?」
あたしは噛み付くような勢いで精霊に食って掛かった。
なんて事してくれたのよ本当に!!
あたしになんの恨みがあるって言うの!?
こんな目に遭わされる心当たりなんかないわよ! 初対面の相手に!
「なんでそんなヒドイ事したのよ!?」
「私の命が、今ここで尽きるからです」
……え?
「私は今、ここで最期を迎えます。だから別の水の精霊の力が必要だったのです。仲間の精霊に、無事に砂漠を越えてもらうために」
目の前の水の精霊は、とても冷静だった。
伏し目がちで悲しげではあるけれど悲壮感はまったく無い。
だから余計にあたしは、その言葉をいまいち信じ切れない。
だって自分の命が尽きるって時に、なんでこんなに落ち着いていられるの?
それってものすごく大変な事でしょう?
それとも精霊と人間の命には差があるものなのかしら? 命が尽きるなんて、精霊にとってはたいした事じゃないの?
それに…
「それで何で、あたしが呼ばれたの?」
必要なのはあたしじゃなくて、水の精霊なんでしょう?
悪いけど、あたしが駆けつけたって役立たずよ完璧に。一緒に乾物になるくらいしか出来ないわ。
「私の呼び掛けが、他の精霊に届かなかったようです。あるいは、届いてもここに来るだけの力がもはや無いのかもしれません」
力が無い? 精霊の?
精霊の力って、よく分かんないけどすごく特別そうに思えるけど。
そんな大層な物が無くなったりするものなの?
そんなあたしの疑問に、精霊は更に悲しげに答える。
「この世界の神や精霊の力は風前の灯です。だから私の身も、この砂漠に耐えられなかった」
「風前の灯火って、なんでそんな事に?」
「全ては、森の国の狂王が原因なのです」
森の国の、狂王? 狂王ってまた、たいそうなネーミングだけど。
森の国って人間の住む国の事よね? じゃあ人間の王様が狂ってるの?