(6)
って真っ当な主張をしても、このサイコパスには通じそうも無い。
いったいどうしたら……どうすれば……。
あたしはキッとヴァニスを睨んだ。
「反逆なんかしてない。それどころかノームはあなたにとても忠実よ」
「どういう意味だ?」
「あたしはノームに捕獲されて、この城へ連行されて来たの」
「……なんだと?」
「あなたが望んだんでしょ? あたしに会いたいって。そして長が命令したんでしょ? あたしを捕まえて城へ連行しろって」
「……」
「ノームは長の命令を守り、王の望みを見事に叶えたの。立派な忠義者だわ」
それのどこが反逆って言えるわけ?
忠義者を罰したりしたら、他の者への示しがつかないわよね? さあ、どうするの?
こんな理屈を言ったところで、どうにもならないかもしれない。なんてったってサイコパスだもの。
唯我独尊で処罰を決行するかもしれないけど、だからって諦めるわけにはいかない!
口八丁手八丁、なにが何でもノームを守らなきゃ!
ヴァニスは顎に手をあて、何かを計算しているような目であたしをじっと見ている。
「ならばなぜ、余に襲い掛かってきた?」
「そりゃ暗くて見えなかったからでしょ。鳥目なのよあの子」
「精霊の鳥目など聞いた事も無いが?」
「聞いた事が無いのと、実際にいないのとは違うわ」
ヴァニスは薄目になり、表情の読めない顔であたしを見た。
あたしも真剣にその目を睨み返す。
しばらくの間、あたし達は無言で睨みあい、そして、ヴァニスの唇が動いた。
「長よ、土の精霊への処罰を命ずる」
「……!!」
全身の血が冷たくなった。呼吸を止めたまま、あたしの両目はヴァニスを凝視する。
あぁ、そんな、ノーム!!
「土の精霊は、余の赦しがあるまで幽閉を命ずる。それでよい」
「承知にござりまする」
『幽閉』の単語に、あたしの中の張り詰めた糸が一瞬緩む。
え? 幽閉? てっきり処刑かと。
「その間、他者との接触は一切禁ずる」
「仰せのままにいたしまする」
「人間も精霊も、何者とも会わせるな」
「王のお望みのままに」
あたしは胸から深く息を吐き出した。
よ、よかった!! 何の心境の変化か知らないけど、とりあえずノームの命の補償だけは勝ち取ったみたい! これで一勝一敗ってとこね!
胸に手をあてて激しい鼓動を鎮める。
はぁ、まったく心臓に悪いわ。胸を撫で下ろすって、まさにこういう事ね。
「それでは、わたくしめはこれにて失礼いたしまする」
長が床に頭が接触せんばかりに、低姿勢で王に向かってお辞儀をした。
その姿を見て、あたしは軽い失望感を感じる。
あれじゃお辞儀というよりほとんど土下座だわ。本当に、完全に服従してしまっているのね。
長のあの様子を見たら、そりゃ他の精霊達だって士気も下がるわ。
長はゆっくり立ち上がり、杖を突いて歩き出す。
前かがみになって、いかにもあちこち体が不自由そう。思わず手を貸してあげたくなってしまう。
歳も歳だし、気弱にもなってるだろうし。それで簡単に王に服従する方を選んじゃったのね。
今まで「腰抜け」って思ってたけど、こんなご老体じゃなんだかお気の毒だわ。
平静な時なら、その年季が長として最良に役立っただろうに。
突然こんな事態になってしまってお年寄りには対処しきれなかったんだ。
お気の毒に。長も被害者なのね。
長の背中を見送るあたしに、ヴァニスが話しかけてきた。
「雫とやら。お前には聞きたいことが山ほどある」
あたしに聞きたいこと? どうせあっちの世界の事でしょ? ふんっ、下世話な野次馬根性丸出し。
「質問には全て速やかに返答せよ。これは命令だ。隠し立ては許さぬ」
その尊大な声にカチン! ときた。こいつの態度がカンにピリピリと触る。
『これは命令だ』ですって?
なんであたしが、あなたの『命令』を聞かなきゃならないんですかねぇ?
ずいぶんと偉ぶった態度ですこと。王様なんだから現実に偉いんだろうけど。
でもここの国民でもないあたしには、あんたの地位なんか関係ないのよ。
って思考を、両目にたっぷり込めてヴァニスに視線を向けた。
ヘタに口に出したら不敬罪になりかねない。でも目で反論するだけなら文句言われる筋合いも無いわ。ふふんっ。
「余はお前の望みを叶えた。お前がその返礼をするのは当然である」
露骨に反抗的なあたしの視線に怒る様子もなく、ヴァニスは言葉を続ける。
望み? 返礼? いったい何のことよ?
「忘れたか。お前は余に、土の精霊の命乞いをしたであろう」
ノームの処罰の件? なに言ってんの?
「あれはあなたの勘違いだったでしょう? だからあなたは処罰を軽減したんでしょう?」