(5)
周りをグルリと兵士に囲まれながら、あたしはゆっくりとした足取りで前に進む。
そして狂王の数メートル手先で立ち止まった。
そこで初めて狂王の姿をまじまじと見ることができた。
狂王 ヴァニス。
若い。あたしよりもちょっと年上ぐらいじゃないかしら。
真っ黒で緩いウェーブのかかった髪が、肩を覆っている。
そして髪と同じく黒い瞳の、少しだけ釣り気味の目が、いかにも意思が強そう。
左右対称に整った彫りの深い顔立ちは、美形って言っていいと思う。充分。
国王で、若くて、美形か。
貴族の娘達に騒がれそうなタイプね。こっちの世界の美的感覚がどんなものか知らないけれど。
堂々と玉座に座っている姿は、いかにも一国の王って風格だ。
意外なほど質素な玉座だけど、背もたれ部分がすごく高くて、古そうな木製のシンプルな椅子。
ツヤ光りしていて、その古さが歴史を感じさせる。
「おい、王の御前だぞ。ひざまずけ」
あたしの隣の兵士が無理やり腕を引っ張って、あたしを床に座らせようとした。
「痛いったら!」
「頭を下げろ」
「痛いって!」
「よい。お前たちは控えよ」
ヴァニス王が右手をスッと出し、軽く横に払った。
兵士達は無言で頭を下げ、足早にあたしから離れていく。
ふう、やれやれ。でっかい兵士連中にグルッと囲まれて、うっとーしいったらなかったわ。
さっぱりした気分でヴァニスの方を見ると、その足元にうずくまる老人の姿に気がついた。
真っ白な長い長い、腰に届くほどの白い髪。
同じく真っ白で、味も素っ気もない長い裾の衣装。
顔中に刻まれた無数の深いシワ。袖から覗く痩せた手もシワだらけ。
こりゃ相当の御高齢だわ。誰かしら? こんなご老人が国王のこんな近くに?
あ、ひょっとしていわゆる「爺や」とか?
あたしの視線に気付いたヴァニスが口を開いた。
「この者は精霊の長だ」
長!? この人が話に聞いた精霊の長!? 狂王の腰ぎんちゃくの!?
「ね、ねぇノームは!? ノームはどうなったの!? 無事なの!?」
長が緩慢な動作で顔を上げる。こちらに向けられたその目は灰白色。
年のせい? 白内障かしら? まぁ大変、だったらかなり症状が進行して……いや! そんな事はどうでもいいこの際!
「ノームに酷い仕打ちをしたりしてないでしょうね!?」
「……のーむ、とは?」
「土の精霊に、この女が名を贈ったらしいぞ」
「ほう? 名を?」
「うむ。余から土の精霊を庇おうとしていた」
「さようでござりまするか」
のん気に会話してるヴァニスと長にイライラする。
「いいから早く答えてよ! あんな幼女に何かしたら、あんた達ふたり揃ってサイコパスよ!」
言い訳無用! 恥知らずな変質者よ!
「さいこぱす? それは何だ?」
ヴァニスが興味深げに身を乗り出して聞いてくる。
「反社会性パーソナリティ障害者! つまりあんたのことよ!」
「なるほど、国政を司る者の事か」
「違う!」
「ふむ。そちらの世界は色々と興味深い」
「ノームはどうなったの!? ノームは!?」
あんたの興味も趣味も知ったこっちゃないわよ!
「無事だ。今はな」
背もたれに深く腰掛けてヴァニスが答える。
「今は? 今はってどういう意味よ?」
「すぐに処罰される事になっている」
「処……!?」
「裏切り者には制裁を与える。当然の報いだ」
ヴァニスは自分の足元にうずくまる長に向かって、確認するように問いかけた。
「そうであろう? 長よ」
長はしゃがれた声で、床に額を摩り付けるようにして答える。
「何も異存はござりませぬ。王のお望みのままに従いまする」
な……なにそれ、冗談じゃないわ!!
このおじいちゃん、自分の部下の命が危ういってのに、立ち上がろうともしないの!?
あんまりよ! 仮にも長でしょ!? 知らん振りなんてヒドすぎるわ!
「ヴァニス王! ノームは悪くない! 何の罪もないわ!」
「反逆は大罪であろう」
「反逆なんかしてない!」
ノームは、あの子はアグアさんを助けたいだけよ! そして自分の兄弟達を守りたいだけよ!
無垢で優しい子なのよ!