(4)
牢屋って……
悲惨だわ。すごく。
あの後あたしは兵士達に取り囲まれ、問答無用でこの牢へ押し込まれてしまった。
小さな窓があるだけの暗い小部屋。
壁も床も、でこぼこゴツゴツした乱雑な石造り。
板一枚の上に藁が薄く敷かれただけのベッドに、あたしは力無く座り込んでいる。
部屋の隅の四角い箱。あれ、たぶんトイレだわ。悪臭が漂ってる。
最初のうちは、柵を揺すってギャーギャー喚く元気もあったけど。
そのうちに疲れて声も出なくなった。
喚いても叫んでも暴れても、人っ子一人現れない。
目の前の頑丈な柵を見ていたら、どうしようもなく悲しくなってきてしまった。
檻の中に閉じ込められて、もうどれくらい時間が経ったろう。
ノームとは強引に引き離されてしまったし。あの子、無事かしら。心細い思いしてないかしら。
目にじんわりと涙が浮かんできた。
まさか自分が牢屋に入れられる日が来るなんて、夢にも思わなかった。
自慢じゃないけど犯罪とは一切無縁で、清く正しく真っ当に生きてきたのに。
ミジメで悲しくて心細くて不安でたまらない。
この先、いったいどうなるの? このままずっと牢にいなきゃならないの?
囚われの身ってのが、こんなにも悲惨な状況だなんて。
アグアさん、もうずっと幽閉されてるのよね。あたしが捕まってしまって、彼女はこれからどうなるのかしら。
モネグロスはどんなに心配してることだろう。
ジンもきっと心配してる。ごめんなさい。約束したのに。
きっと帰るって、あんなに繰り返し約束したのに。
カツン、カツンと足音が聞こえてきた。
あたしは涙の溜まった目を足音の方向に向ける。
兵士が柵の前に立ち、ガチャガチャと鍵を差し込み、開けている。
「出ろ」
扉を開けた兵士が横柄な声で言った。
「ヴァニス王がお呼びだ」
狂王が?
兵士があたしの腕を掴んでベッドから強引に立たせようとする。
「痛い。腕を引っ張らないでよ」
「早くしろ。王がお待ちなんだぞ」
「痛いったら!」
二の腕を鷲掴みされた状態で、牢屋から引きずり出された。
そして階段を上がった途端、今までの暗さが嘘のように周囲が明るくなる。
腕を引っ張られながら通路を進む途中で、たくさんの人間とすれ違った。
召使い風の女達。従者風の小奇麗な格好の男達。貴族風の豪華な衣装の男女。
皆、物珍しそうにジロジロとあたしを見てはコソコソと話し込んでいる。
あたしが異世界の人間だって事が、たぶんもう広まっているんだろう。
噂が広まるスピードの速さはあっちもこっちも共通だわ。
クスクスと忍び笑いも聞こえてくる。
あの時、会社の中で感じた好奇の視線。
噂の種。物笑いのネタ。苦痛な記憶が甦り、カアァッと顔と頭に血が集まる。
あたしはギュッと唇を噛み締めた。ぐいっと顔を上げ真っ直ぐ前を見る。
ぐっと胸を張り、背筋を伸ばして堂々と歩いた。
見たいなら見れば? 笑いたいなら笑えばいいわ。
あんた達がどんな態度をとったところで、あたしは顔を伏せるつもりは、さらさら無いから。
どうぞご勝手にってなもんよ。ふん!
頭に血がのぼったせいで、気弱になってた心が少しだけ奮い立つ。
本当は、不安も泣きたい気持ちも満載だけど。
情け無い態度を見せて、見下げられるのだけはゴメンだわ。
あたしはモネグロスやジン達の仲間なんだもの。あの誇り高く勇気に満ちた仲間達のね。
それに相応しい態度をとり続けたい。彼らが後で恥をかくような振る舞いをしたくない。
狂王が呼んでいる?
上等よ、丁度良いわ。理由を聞かせてもらおうじゃないの。あたしに会いたがってるって理由をね。
これでほんとに「珍しいからハーレムに」なんて理由だったら、ただじゃおかないから!
やがて通路の行き止まりに大きな扉が見えてきた。
木材と鉄の組み合わせで補強された、幅広で頑丈そうな扉。
レリーフが掘り込まれ、取っ手にも複雑な幾何学模様の装飾がなされている。
両脇に立っている兵士が、両開きに扉を開けた。
かなり広い部屋だった。
壁際のずらりと並んだ金の燭台。何枚もの肖像画。
大小様々な、色鮮やかな壺。巨大な白い彫刻の騎士像。
高価そうな置物がズラリと並べ立てられ、カーテンらしき真紅の布が華やかに部屋全体を彩る。
正面の最奥に、狂王が座っていた。
一段高い場所。玉座に。
そしてこちらをじっと見つめながら、あたしが自分の元へ来るのを待っていた。