(2)
「ひっく……ひっ……」
恐怖にすすり泣くノームの幼い声。
あぁ! 何とかしなきゃ!
あたししかいない! この子を守れるのは、今、ここにあたししか!
そうよ! あたしが守らなきゃ誰が守るの!?
ついに狂王の目に冷酷な力が宿り、来る! と思った次の瞬間、狂王が素早く踏み込み、剣が突き出された。
「ダメーーー!!」
あたしは力一杯叫んでギュッと目を瞑り、無我夢中で両手を前に出す。
―― パッシーーーン!!
両手の平に感じる、無機質な冷たい感触。
……お……お?
一呼吸おいて、あたしは閉じていた目を恐る恐る開いた。
おぉ……お!?
驚いたように顔を強張らせている狂王が見える。その視線の先には……。
しっかりと、あたしの両手の平が挟み込んで押さえている、狂王の剣が!!
おおおおーーーーー!? 真剣白羽取り!?
恐怖感に満ちていたあたしの胸が、喜びに爆発した。
やったわ!これぞ奇蹟よ! 天は正義に味方するんだわ!
まさか成功するとは自分でも思ってなかったけど!
あたしは調子に乗りまくりながら、狂王へ向かって意気揚々と叫んだ。
「ノームに手出しはさせないわ!」
「ノーム?」
「あたしがつけた、この子の名前よ!」
興奮したノームも、胸元から落っこちそうになりながら喜びの声を上げる。
「し、しずくさん! すごいですね!」
……ふ……ふふ、ふ。
そ、そうね、ほんとにスゴイわ。偶然って。
あたしも興奮で大きく上下する胸を宥めつつ、笑顔になった。
さてと……。
えぇっと……。
こ……。
これから、どうしよう??
剣を両手で挟んだポーズのまま、あたしはハタと困惑する。
これ掴んだままじゃ逃げられないじゃないの。
でも放したら切り付けられると思う。絶対に。
ど、どうしよう!? ここからどう形勢逆転すればいいの!?
(ノーム、ねぇノーム!)
あたしは極限に小声でひそひそ話しかけた。
(なんですか?)
(さっきのトゲ蔓、もう一回お願い)
(あ、むりです)
(へっ?)
(わたしは、もともと攻撃系の精霊ではないので。そんなかんたんに出せないんです。あれは)
……真面目に、どうしよう……。
「こ、これで形勢逆転よ! 狂王!」
あたしは威勢のいい大声を上げて、とりあえずシラをきり通す事にした。
ノリと勢いで、このままこの場を納められないかしら?
「あたしの世界に伝わる武道を侮ったら、痛い目見るわよ!」
ほんとは武道なんて全然身につけて無いんだけど。
でも嘘も方便! この手のハッタリは、とにかく威勢の良さが勝敗のカギを握るんだから!
目! 眼力で負けちゃだめなのよ!
ノラ猫のケンカと一緒で、最初の睨み合いで勝負のほぼ8割が決まるのよ!
あたしはギリリと狂王を睨み付け、できるだけ怖い顔を意識しながら怒鳴った。
「そっちが剣を引けば、この場はあたしも引いてあげるわ!」
だから引いて! ぜひともお願い!
「……放せ」
「な、なんですって!?」
「手を放せ、と言っている」
「そんなこと言われて、はいそうですかと素直に放すとでも!?」
「引いて欲しいんじゃないのか? お前は」
「はあ!? な、なに!?」
「お前の手が邪魔で、剣を鞘に収められないのだが」
あ、そうか。
剣を掴まれてたら、そりゃ収めたくても収められないわ。
で、でも放した途端に切り捨てられちゃうかもしれない!
「あんたなんか信用できないわ!」
「では引かぬが良いか?」
「引いてよ!」
「できるわけがなかろう」
狂王が呆れたような声を出す。
「一体どうしたいのだ? お前は」
知らないわよあたしだってそんな事! だから困ってんじゃないの! さっきから!
「とにかく手を放せ。このままでは埒が明かぬ。危害は加えぬと約束しよう」
「……」
「いかにも疑わしげな顔をするのは、よせ。それともこのまま、余と共に朝を迎えるか?」
「それは嫌」
「余もそれは真っ平御免だ」
「どういう意味よ!」
「他意は無い。睨み合いで一晩過ごすのは、いかにも愚かしいと言ったまでだ」
言われてあたしは考え込んだ。
確かにこのままじゃ堂々巡りだわ。にっちもさっちもいかない。
「あたし達を、このまま見逃す気はある?」
ものは試しと交渉してみる。
剣を鞘に収めても、その後で力ずくで取り押さえられたんじゃ意味無いわ。
何とかしてここから逃げ出したいのよ。簡単には逃がしてくれないだろうけど。
「分かった。見逃そう」
ところが予想外に、狂王はあたしの提案にアッサリ頷いた。
「は?」
「見逃すと言ったのだ」
「嘘!? なんでよ!?」
「逃げたいのではないのか? お前は」