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狂王ヴァニス(1)

 とっさの事に声すら上げられなかった。

 しまった! 具合の悪さに気を取られて、周囲の注意を怠った!


 ノームも胸元から顔を出したまま固まっている。

 あたしの代わりにアグアさんの気配を読み取るのに集中していて、この人物に気付かなかったらしい。

 まずい。城の中って精霊立ち入り禁止よね? どうやって誤魔化そう!?


 目の前の背の高い男性は、あたし達とは対照的に冷静で、驚く素振りも見せない。

 その落ち着いた表情を見たノームが、小さな悲鳴を上げた。

「ヴァニス王!」


 ……ヴァニス王? 聞いたこと無い名前だけれど。


「誰? ノームの知ってる人?」

「しずくさん、王です!」

「おう? おうって?」

「だから、王なんですってば!」

「お……?」


 ……!!!


「狂王!!?」


 あたしは、その人物から一歩下がって叫んだ。

 狂王!? 狂王なの!? この人が!?

 一貫して「狂王」としか呼んでなかったから、本名聞いてもピンとこなかった!

 完璧にヤバイわ。よりによって最低の人物に遭遇してしまった。

 どうやら、想像していたよりずいぶん若いみたい。なんとなくヘンリー八世みたいな、デブな中年だと思い込んでたから。


「しずく?」

 狂王が静かに口を開いた。

「余はその名を聞いた。お前が異世界から来たという女か?」


 最っ悪にヤバイ! バレた!


 頭からサアァッと血の気が引く音が聞こえた。

 よりによって、あえて考えないようにしてた『最悪の状況』ってパターンに嵌った。

 これって絶対、あの時右足から出たせいよ! イフリート! あんた覚えてなさいよー!


『考えるよりも先に逃げろ』

 そのフレーズがとっさに頭に浮かんだ。

 頭が真っ白な状態で身を翻し、逃げ出したけれど、数歩も走らないうちに手首を掴まれてしまった。

 皮膚を通じて伝わってくる生々しい狂王の体温に、震えるほどの恐怖を感じる。

 ひい!? 嫌あ、食われる! 生き血吸われる!

 放してえぇーー! 助けてジンーー!


 思い切り叫んだつもりでも、声がまったく出なかった。

 すると恐怖に怯える胸元が大きく震えて、複数の蔓が勢い良く飛び出してきた。 うわ!? ノーム!?


 鋭く尖った太い蔓のトゲが、狂王に一直線に向かった。

 切っ先が寸分の狂いもなく王の胸元を貫こうとする寸前、狂王の身がしなやかに動く。

 瞬く間に、バサリ!と全ての蔓が切り落とされ、ノームの必死の攻撃は難なく退けられてしまった。


 狂王の右手には長い刀身の剣がしっかりと握られている。

 暗闇の中で白い光が、刃に沿って細く鋭く輝いた。

「あぁ……!」

 狂王の冷静な目が、あたしの胸元で息を飲むノームを見据えた。


「お前は土の精霊か?」

 その問いに、びくんっとノームの全身が震えた。

「精霊の長の命に背き、裏切ったな? 制裁を与える。覚悟して受けよ」


 狂王の、剣を持つ右手がゆっくりと引かれる。

 刀身に軽く左手を添え、肩を引き、しっかりと身構えた。


「女、動くな。わずかでも動けばお前の胸ごと精霊を貫く事になる。お前は殺したくはない。用があるのでな」

「つ、貫くって何よ! 何するつもり!? ノームを殺すつもりなの!? 冗談じゃな……!」

「動くな、と言っている。言葉が通じないか?」


 冷静な目がノームを捕捉し、距離を測り、刀身に添える指先に力が込められていく。

 ノームは、音が聞こえるほどにガタガタと震え怯えていた。

 あたしも狂王の目に捕まえられたように、動く事ができない。

 どう、しよう。このままじゃノームが!


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