(8)
我慢我慢我慢~!
騒ぐわけにも目立つわけにもいかない! 辛抱して「うふふ」で押し通せ~!!
「うっふっふ~!」
「まあ、いいか別に。頭が弱かろうが、ついてるモンはついてるからな」
そう言って男は、いきなりドレスの胸元に手を突っ込みあたしの胸を鷲掴みにした!
……ぎゃああーー!?
と声を上げそうになった瞬間、突然男が椅子から引っくり返って、あたしは悲鳴を飲み込んだ。
ヒゲ面は派手な音を立てて床に寝転び、目を回している。
「なんだ、こいつまた酔い潰れたのか?」
「まったく毎日毎晩、飲み過ぎなんだよ」
「まあ、いやねぇ。ホホホ」
周りの席の男女がケラケラ笑った。
あっけに取られてキョロキョロ周囲を見回すと、あちこちで酔い潰れた者が、床に寝そべって眠りこけている。
それが当たり前のことなのか、誰も気にしている様子もない。
ホッ…。騒ぎにならずに済んで良かった。
こっそり安堵の息をついて、ふと気がついて胸元の奥を覗き込むと、ノームがニッコリ笑っている。
助けてくれたのね? ありがとう。
ノームが語りかけるような表情で頷き、あたしも軽く頷き返す。
よし、行動開始!
あたしは目の前の酒瓶と空になった皿を持って、立ち上がった。
そして、料理を運ぶ女達について部屋を出る。
出口近くにいた兵士らしき男達は、女達に話しかけるのに夢中で、あたしはその隙を見てこの場からこっそり離れる。
そしてひと気の無い通路へと身を潜め、その先にコソコソと進んでいった。
宴の広間からだいぶ離れてしまうともう、ひと気は全く無く、また薄暗い空間が広がっている。
アーチ型の天上やたくさんの円柱と、全体的にゴツゴツした石造りの構造は、どこか砂漠の神殿を連想させた。
でも豪華さは神殿の足元にも及ばない。
砂漠の神殿は崩れかけていても、あれだけ素晴らしい装飾に徹底して満ちていたのに。
この城は素材や造りそのものからして、本当に簡素で地味だ。
でも……。
あたしは薄暗さに慣れてきた目で、グルリと全体を眺めた。
飾り台の上に置かれている壺は、どれもこれも艶やかな光沢を放ち、存在感に溢れている。
壁に掛けられている絵の額縁にすら、たくさんの黄金が使用されている。
美術品の価値なんて全く分からないけれど、相当高級な品だって事は素人目にも分かる。
なんなのかしら? 城に入った時から感じているこの違和感。アンバランス。
お仕着せの、分不相応な贅沢感といえばいいのか。馴染みの無い高級品を突然手に入れて、戸惑っているような。
言葉は悪いけど、浮かれた成金趣味みたいなものを感じる。
王の圧政に皆がビクついて、萎縮しながら生活してるのかと思ってたけど。
少なくとも城内はあんな賑やかな宴なんかやってるし、こんなに贅沢な装飾品もある。
狂王に媚びへつらっている連中が、国民から搾取してるのかもしれないわ。
そう思うとますます気に食わない王様ね。
「しずくさん」
ずっとひと言も話さなかったノームが、初めて話しかけてきた。
「なに? ノーム」
「アグアの気配、かんじとれますか?」
うーん、アグアさんの気配、と言われても。
会った事も無いアグアさんって、さてどんな気配なのやら。
そもそもあたし、半分は水の精霊だけど半分は普通の人間だし。それで感じ取れるのかしら?
えぇっと、とりあえず美人の気配、美人の気配は。
「あれ……?」
「しずくさん? どうしましたか?」
「なにかを、感じる……かも」
「えっ!?」
うん、なにか感じる。感じるっていうより、気になるかなぁ?って程度なんだけど。
あたしは、さらに薄暗さの増すひとつの通路の向こうを指差した。
「向こうの方向が気になるっていうか」
「きっとそれです! アグアは向こうにいるんです!」
「でも確信はないんだけど」
「とにかくいってみましょう!」
「そ、そうね、とにかく行って確認するべきよね。暗くて気味が悪いけど」
「しずくさん、人間の姿はみえませんが、きをつけてください」
「ええ」
見つからないように円柱の陰に隠れながら通路を進む。
ここはあくまで敵の陣中。油断は大敵だわ。
忍者のようにコソコソ忍び足で進むにつれて、どんどん暗さが増していく。
暗がりに紛れられるのは好都合なんだけど。
「どうですか? アグアの気配は?」
「わ、わかんないわ」
とにかく暗くて怖いのよ~。
薄暗い石造りの古城の中に、一人きり。リアルに雰囲気が中世のホラーな世界なんだもの!
昔々に処刑された王妃の幽霊とかが、この辺にフワフワ漂っていそう!
あたし、昔からオバケ屋敷って大の苦手なの。
入場料払って、3歩あるいて回れ右して、そのまま入り口から退場した前科の持ち主。
うわあぁ~。壁の肖像画の人物たちが、こっちを見ている気がしてきたぁ。
今にも目玉がギョロリと動き出しそう! いきなり笑い出したりしないでよね、頼むから!
緊張プラス恐怖感で、心臓がバクバクしている。おかげで気配どころの話じゃない。
背中に気持ち悪い寒気がゾクゾク走って、手にジットリと汗が滲んでるし。
これってホラー映画見てるとき特有の、あの「来るぞ来るぞ~!」な感覚だわ。
嫌な予感満載。
「き、きもち悪くなってきた」
「だいじょうぶですか?」
「うぅ~~」
「わたしもアグアの気配をさぐります。あまり無理しないでください」
「おうぅ~~」
げ、限界が近いかも。本当に、風邪でも引いたような悪寒がする。
でも頑張らなきゃ。こんな所で体調不良なんか訴えてられないわ。
アグアさんの居場所を探り出して、ジンの所へ戻らなきゃ。
そして早くここを出よう! もう、一刻も早く!!
壁に手をつけ、通路の曲がり角を曲がった。
そしてあたしは、通路の向こう側にいた人物と正面衝突しそうになった。