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 我慢我慢我慢~!

 騒ぐわけにも目立つわけにもいかない! 辛抱して「うふふ」で押し通せ~!!


「うっふっふ~!」

「まあ、いいか別に。頭が弱かろうが、ついてるモンはついてるからな」


 そう言って男は、いきなりドレスの胸元に手を突っ込みあたしの胸を鷲掴みにした!

 ……ぎゃああーー!?

 と声を上げそうになった瞬間、突然男が椅子から引っくり返って、あたしは悲鳴を飲み込んだ。

 ヒゲ面は派手な音を立てて床に寝転び、目を回している。


「なんだ、こいつまた酔い潰れたのか?」

「まったく毎日毎晩、飲み過ぎなんだよ」

「まあ、いやねぇ。ホホホ」


 周りの席の男女がケラケラ笑った。

 あっけに取られてキョロキョロ周囲を見回すと、あちこちで酔い潰れた者が、床に寝そべって眠りこけている。

 それが当たり前のことなのか、誰も気にしている様子もない。

 ホッ…。騒ぎにならずに済んで良かった。

 こっそり安堵の息をついて、ふと気がついて胸元の奥を覗き込むと、ノームがニッコリ笑っている。

 助けてくれたのね? ありがとう。


 ノームが語りかけるような表情で頷き、あたしも軽く頷き返す。

 よし、行動開始!


 あたしは目の前の酒瓶と空になった皿を持って、立ち上がった。

 そして、料理を運ぶ女達について部屋を出る。

 出口近くにいた兵士らしき男達は、女達に話しかけるのに夢中で、あたしはその隙を見てこの場からこっそり離れる。

 そしてひと気の無い通路へと身を潜め、その先にコソコソと進んでいった。


 宴の広間からだいぶ離れてしまうともう、ひと気は全く無く、また薄暗い空間が広がっている。

 アーチ型の天上やたくさんの円柱と、全体的にゴツゴツした石造りの構造は、どこか砂漠の神殿を連想させた。

 でも豪華さは神殿の足元にも及ばない。

 砂漠の神殿は崩れかけていても、あれだけ素晴らしい装飾に徹底して満ちていたのに。

 この城は素材や造りそのものからして、本当に簡素で地味だ。


 でも……。

 あたしは薄暗さに慣れてきた目で、グルリと全体を眺めた。

 飾り台の上に置かれている壺は、どれもこれも艶やかな光沢を放ち、存在感に溢れている。

 壁に掛けられている絵の額縁にすら、たくさんの黄金が使用されている。

 美術品の価値なんて全く分からないけれど、相当高級な品だって事は素人目にも分かる。


 なんなのかしら? 城に入った時から感じているこの違和感。アンバランス。

 お仕着せの、分不相応な贅沢感といえばいいのか。馴染みの無い高級品を突然手に入れて、戸惑っているような。

 言葉は悪いけど、浮かれた成金趣味みたいなものを感じる。


 王の圧政に皆がビクついて、萎縮しながら生活してるのかと思ってたけど。

 少なくとも城内はあんな賑やかな宴なんかやってるし、こんなに贅沢な装飾品もある。

 狂王に媚びへつらっている連中が、国民から搾取してるのかもしれないわ。

 そう思うとますます気に食わない王様ね。


「しずくさん」

 ずっとひと言も話さなかったノームが、初めて話しかけてきた。

「なに? ノーム」

「アグアの気配、かんじとれますか?」


 うーん、アグアさんの気配、と言われても。

 会った事も無いアグアさんって、さてどんな気配なのやら。

 そもそもあたし、半分は水の精霊だけど半分は普通の人間だし。それで感じ取れるのかしら?

 えぇっと、とりあえず美人の気配、美人の気配は。


「あれ……?」

「しずくさん? どうしましたか?」

「なにかを、感じる……かも」

「えっ!?」


 うん、なにか感じる。感じるっていうより、気になるかなぁ?って程度なんだけど。

 あたしは、さらに薄暗さの増すひとつの通路の向こうを指差した。


「向こうの方向が気になるっていうか」

「きっとそれです! アグアは向こうにいるんです!」

「でも確信はないんだけど」

「とにかくいってみましょう!」

「そ、そうね、とにかく行って確認するべきよね。暗くて気味が悪いけど」

「しずくさん、人間の姿はみえませんが、きをつけてください」

「ええ」


 見つからないように円柱の陰に隠れながら通路を進む。

 ここはあくまで敵の陣中。油断は大敵だわ。


 忍者のようにコソコソ忍び足で進むにつれて、どんどん暗さが増していく。

 暗がりに紛れられるのは好都合なんだけど。

「どうですか? アグアの気配は?」

「わ、わかんないわ」


 とにかく暗くて怖いのよ~。

 薄暗い石造りの古城の中に、一人きり。リアルに雰囲気が中世のホラーな世界なんだもの!

 昔々に処刑された王妃の幽霊とかが、この辺にフワフワ漂っていそう!

 あたし、昔からオバケ屋敷って大の苦手なの。

 入場料払って、3歩あるいて回れ右して、そのまま入り口から退場した前科の持ち主。


 うわあぁ~。壁の肖像画の人物たちが、こっちを見ている気がしてきたぁ。

 今にも目玉がギョロリと動き出しそう! いきなり笑い出したりしないでよね、頼むから!


 緊張プラス恐怖感で、心臓がバクバクしている。おかげで気配どころの話じゃない。

 背中に気持ち悪い寒気がゾクゾク走って、手にジットリと汗が滲んでるし。

 これってホラー映画見てるとき特有の、あの「来るぞ来るぞ~!」な感覚だわ。

 嫌な予感満載。


「き、きもち悪くなってきた」

「だいじょうぶですか?」

「うぅ~~」

「わたしもアグアの気配をさぐります。あまり無理しないでください」

「おうぅ~~」


 げ、限界が近いかも。本当に、風邪でも引いたような悪寒がする。

 でも頑張らなきゃ。こんな所で体調不良なんか訴えてられないわ。

 アグアさんの居場所を探り出して、ジンの所へ戻らなきゃ。

 そして早くここを出よう! もう、一刻も早く!!


 壁に手をつけ、通路の曲がり角を曲がった。

 そしてあたしは、通路の向こう側にいた人物と正面衝突しそうになった。


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