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(7)

 通路は本当に薄暗かった。

 壁際に沿って作られている複数の小さな窓はあるけれど、もう夕暮れ時だし。

 この程度の窓じゃ充分な光量はとれないんだろう。


 突き当たりに大きな木製の扉があって、その扉がゆっくりと開かれていく。

 開くにつれて向こう側の光が漏れ出して、暗い通路に光が差した。


(わあぁ……)


 通路の薄暗さとは打って変わった、広い室内の明るさに目を見張った。

 窓がそんなにたくさんあるわけじゃない。それでも旅館の宴会場みたいな広さのある室内を、完全にカバーしてる。

 ひょっとしてこれも精霊の力を利用してるのかしら。


 宴はもうすでに始まっていて、大部屋にいる大勢の人間達が、賑やかに酒を酌み交わしている。


 ただのシンプルな木製の長テーブルに、変哲の無い真っ白なテーブルクロス。

 家具に豪華さはまったく感じないけど、その上にズラリと並べられた料理は豪勢のひと言。

 様々な魚料理。いろんな動物の肉料理。たくさんの野菜料理、色とりどりの果物が山のように盛り上がっている。

 焼き物やら汁物やら、菓子やら、種類も豊富だ。


 そしてやっぱりシンプルな木製の椅子に腰掛ける人間達の衣装は、逆に贅沢の極みだった。

 遠目で見ても最高級品と分かる生地。複雑な形の洒落たデザイン、金糸の細かい刺繍。

 そして襟元や指を飾る、複数の宝石。

 そんな贅沢品で、男も女もこれでもかというほど身を飾り立てている。


 男達の笑い声や、その男達にもたれ掛かる女達の嬌声で、室内は賑やかにごった返していた。

 もう完全に場が出来上がってしまっている。


 あたしと一緒に部屋へ入った女達は、思い思いの場所へ散っていった。

 酒や料理を運び出す者。男の隣に座って酌をする者。心得たようにそれぞれ行動し始める。


 え、えぇっと。

 ど、どうしようかしらあたし。適当に動き回ってればいいかしら。


 ウロウロしていると、酔ってフラフラになったヒゲ面の男があたしに近づいてきた。


「なんだ~? お前、見ない顔だな。新顔かぁ?」


 充血した目。耳まで真っ赤になった顔。ろれつも廻ってないし、酒の匂いがプンプン漂ってくる。

 うわっ酒臭い! どんだけ呑んだのよ、このヒゲ面!


 あたしは思わず顔をしかめた。

 男は身なりは良いけれど、なんだか言葉遣いも態度も粗野だ。

 酔った目であたしを値踏みするように見ている。やだ、厄介なのに絡まれちゃったわ。

 あたしは視線を逸らして下を向いた。


「なんだ緊張してるのか? 可愛いヤツだなあ、うははは」

「……」

「気に入った! 俺に酌をしろ! こっち来い!」


 男はあたしの肩に腕を回し、抱くようにして歩き出した。

 ちょ、やめてよ! あたし、あんたに構ってるヒマなんか無いのよ!

 抵抗したけど、引っ張られるように強引に席に座らされた。


「お前、宴は初めてか? どこの出身だ?」


 ニヤニヤ笑いながら顔をくっつけるように話しかけてくる口元から、酒の匂いがぷうんと漂ってきた。

 うぅ~! きっついわこれ!

 酒臭いのも嫌だけど、あたしヒゲってダメなのよ! 生理的に!


 出身地なんか聞かれても答えられないわよ。

 この世界の地名なんかひとつも知らないし、ヘタに会話したらボロが出る。

 ここは笑ってごまかすしかないわ。


「ん~、どこの出身だぁ?」

「うふ」

「名前は? 名前はなんという?」

「うふ、うふふ」

「年は? いくつになるんだぁ?」

「うふふ、うふ」


 初対面の女の年なんか聞いてんじゃないわよ! このヒゲ!

 こら! 勝手に人の手を撫でるな! 酒臭い口を近づけるな! 首筋を撫で回すな!

 ちょっと! さっきからお酒零してるわよ、口からダラダラと!


 と、心の中で悪態をつきながらセクハラ行為に耐える。

 何を聞かれても返事はひたすら必死に「うふふ」で通した。

 うぅ~生理的嫌悪感で背中にぞわぞわ寒気が走る! でも我慢我慢~! ここが我慢のしどころ~!


 何を聞いても笑って「うふふ~」しか言わないあたしに、男は興をそがれた様だった。

 そして見下したような態度になる。

「ふん。なんだ、こいつ頭の弱い娼婦か」


 ムカァーーー!!!


 またそれ!? また「娼婦」!? しかも今度はご丁寧に「頭の弱い」ってフレーズまで!?

 この世界ってあたしに恨みでもあるの!?

 なによ! あんたなんか酔っ払いの分際で! そこの酒でヒゲでも洗って出直して来い!!


 と叫びたいのをグッと堪える。

 ビキィッ!とこめかみに走った筋を、ぎゅっと手で押さえた。


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