(6)
「命にかかわる状況になった際、勇猛に戦うべし」
「わかっています」
「お前は本来、人を傷つけるのは嫌だろうが遠慮は一切無用だ」
「はい」
「自分と雫の命を、まず最優先にするべし!」
「雫を守れ! 生きて帰って来い! 頼んだぞ!」
「だいじょうぶです。全力でたたかって守ります!」
きっと大丈夫大丈夫大丈夫~…。
もう、両手をこすり合わせて念仏みたいに繰り返すしかない。
最悪の状況ってケースは、この際頭から除外しよう。
ネガティブ思考にタチの悪い低級霊とかが、喜んで寄り付いてくるかもしれないし。
イワシの頭も信心からよ。このさい神頼みでもなんでも……
「雫、頼みます! どうか頼みます! どうか!」
泣きそうなモネグロスがあたしの両手を握り締める。
神頼みする前に、せっぱ詰った神様から頼み込まれてしまった……。
あ、あたし、受験の時も入社試験の時も、左足から歩き出して合格したのよね!
よぉし今回もそれで行こう! ゲンをかつぐってヤツ!
かついで得になるもんなら、ゲンだろうがタンスだろうが、何だってかついでやるわ!
だから絶対に大丈夫に決まってるわよ!!
半ばヤケクソ気味にそう心の中で叫んでいると、ジンが隣にやってきて熱心に話しかける。
「雫、分かっているな? くれぐれも無理はするな。危険を感じたら…」
「考える前に逃げる、でしょ?」
「そうだ。無事に帰ってくると、もう一度ここで約束してくれ」
「約束する。きっと無事に帰ってくるから」
銀の瞳が不安に揺れている。
そうよ。心配なのも怖いのも、あたしだけじゃない。みんな一緒。
だから頑張れる。逃げ出さないで、やれる事をやる。そして無事に戻ってくるわ、ジンの元へと。
あたしは大きく息を吸い、無理に笑顔を作った。
「来た!」
イフリートが鋭い声で囁いた。
見れば道の向こうから、手押し車に積み上げられた大量の酒樽や食料の山が近づいて来る。
あたし達は慌てて身を屈め、茂みに潜んだ。
き、来ちゃった! ついに来ちゃった!
ああ! いよいよ作戦開始!
緊張が高まりすぎて頭真っ白なあたしの汗ばむ手を、ジンが力を込めて握り締めてくれた。
何台も続く手押し車に、それを引く人夫。
山のような荷物の横について歩く、様々な色鮮やかな衣装の女達。
最後尾の荷台がガタガタと音を立てて、目の前をゆっくりと通っていく。
ギュウ!っと痛いぐらいあたしの手を握り、ジンが耳元で囁いた。
「雫、今だ行け!」
反射的にあたしは茂みから立ち上がる。
左! 左足から!
「頑張るべし! 雫よ!」
―― ドンッ!
あわわわっ!?
強く背中を押され、あたしは前のめりになりながらヨロヨロ道に飛び出した。
おぉぉ!? み、右足から出ちゃったじゃないの!
なんってことしてくれんのよイフリートォ! せっかくのゲンかつぎがあぁ!
(しずくさん! いそいで!)
ノームの声に、あたしは慌てて荷台に駆け寄った。
酒樽に手を添えて、いかにも「あたし手伝ってます」的な雰囲気を作り出す。
行列の先頭が裏口に到着し、守衛が先頭の男と二言三言、言葉を交わす。
そして笑顔で開いた扉の中に、みんながぞろぞろと入っていく。
あたしも顔を伏せつつ、素知らぬふりで扉をくぐった。
守衛はこっちをよく見もせずに、何の疑問もなくあたしを通す。
-- ギイィィ
あたしの背中で扉が閉まっていく音がする。
振り向いて茂みの方を見ると、キラリと銀色が光った。
-- バタン!!
扉が完全に閉められ、外から遮断された通路はほとんど光が届かなくなる。
辺りは途端に薄暗くなってしまった。
でも一向は慣れた様子で、一本道の通路を通っていく。
あたしは不安と緊張で、足元がガクガク震えるのを止められない。
心細さのあまり、多分ものすごい形相になってると思う。見られたら確実に不審人物だわ。
薄暗くて助かった。
少し歩いていくと通路が二股に分かれた。そこで女達と荷台も別々になる。
あたしはそそくさと女達の列の最後尾につき、そして顔を伏せながら、城の奥へと進んでいった。