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「もうじきですよね?」

「うむ。宴に参加する人間の女達が、じきにここを通る予定」

「雫、用意はできたか?」

「う、うん」


 あたしはジンがどこからか調達してきてくれた、この世界の婦人用ドレスに着替え終えて、木陰から出た。

 肩が大きく開いている、足の甲を覆うほどのロング丈ドレス。

 なるほどこの丈が主流じゃ、膝丈なんて有り得ない短さだわ。


 デザインはストンと流れ落ちるような、ごくシンプルな形。

 でも濃く深い青に染められた生地の手触りは、かなり上質だと思う。

 シルクのような上品な光沢が見事で、胸元にひとつ、真っ赤な宝石が縫い込まれてる。

 これって本物かしら? 色ガラスにはとても見えないけど。

 袖口の刺繍飾りも、なかなか凝ったデザインだ。


 一応城内に出入りする人間なんだから、ある程度の小奇麗な身なりは必要なんだろうけど。

 ただのコンパニオンガールよね? それでもこんな上等な服を着ているの? 

 なんだか想像以上に豊かな文化みたい。


「しずくさん、わたしを中にいれてください」

「あ、うん」

 あたしはノームを拾い上げ、ドレスの胸元に隠した。


「大丈夫? 苦しくない?」

「へいきです。ここ、だいぶ胸と生地の間によゆうがありますから」

「あ……そ……」


 良かったわ。胸元のボリュームがスカスカで。

 複雑な心境のあたしの隣で、モネグロスが遥か頭上を見上げている。

 ついにたどり着いた、狂王の城を。


 石造りの、ゴッツイ重厚な造りの城だ。

 森の中から茂みに隠れて裏側を覗いてるだけだけど、頑強な雰囲気が全体に漂っている。

 石と石の継ぎ目が微妙にゴツゴツしてて、ずいぶん粗さが目立つ。

 丸い塔なんかは、ちょっとばかり洒落た感じがするけど、洗練された技術力とはほど遠い。

 華やかさとは、ほとんど無縁の城。


 城っていうから、なんていうか無意識に、ベルサイユ宮殿みたいなのを想像してたんだけど。

 堅実主義? 華やかな文化の香り漂うってイメージには程遠い。

 このドレスはかなり品質が高そうなのに。なんだかアンバランスね。


 モネグロスは、いまにも城の中に飛び込みそうな表情だ。

 実際、いてもたってもいられない心境なんだろう。

 彼にとってこの城は、焦がれ続けた愛しいアグアさんの姿に見えているのかもしれない。


 あたしはそんなモネグロスの肩にそっと手を置いた。

「もうすぐだからね」

「雫」

「待っててね、モネグロス」

 切ない、すがり付く様な目でモネグロスが頷く。


「じきに酒や食料を運ぶ列が、女達と一緒にここを通る」

「それに紛れて、あの裏口から入るべし」

「わ、分かった」


 いよいよだと思うと緊張する。

 なにしろ内部がどうなっているか全然分からないし。当然、中に知り合いなんて1人もいない。

 ノームがついててくれるけど、基本的に単独行動。孤立無援で敵の陣中で事を成さなきゃならない。

 心臓がドキドキ。不安で心細くてたまらない。


「目立たぬようにするのが良しと思われ」

「うん」

「だが迅速に行動しろよ? まごまごしてると危険だ」

「分かった」

「周囲によく注意を払うべし」

「う、うん」

「だがあまりキョロキョロするな。挙動不審に見られるぞ」


 矢継ぎ早に注意事項を受けるたび、不安が増してくる。

 本当にあたしにできるかしら? 大丈夫かな?

 心臓はますます激しく鳴るばかりで、ノームが胸元から心配そうにあたしを見上げた。


「あ、あたし、アグアさんを見つけた後はどうすればいいの?」

「状況によると思慮する」

「簡単に連れ出せはしないだろう。居場所が分かるだけでも上出来だ」

「ぶ、無事かどうかも確認してください! ぜひとも!」

「その後で、酒宴の混乱に乗じてそっと抜け出すんだ」


 よ、よし。うん分かった。

 あたしは自分がやる事を頭の中で反芻する。

 大丈夫よね? 大丈夫、やれるよね? うん大丈夫よきっと。大丈夫大丈夫。

 自己暗示にかけて、無理やり平静を保とうと努める。


「それからノーム」

「なんですか? ジン」

「目立たないのが鉄則だ。しかし、最悪の場合も充分に考えられる」

「はい」


 さ、最悪の、場合って?

 い、いや大丈夫! きっと大丈夫ったら大丈夫! 危険な事態なんて起きるはずがない!

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