(5)
「もうじきですよね?」
「うむ。宴に参加する人間の女達が、じきにここを通る予定」
「雫、用意はできたか?」
「う、うん」
あたしはジンがどこからか調達してきてくれた、この世界の婦人用ドレスに着替え終えて、木陰から出た。
肩が大きく開いている、足の甲を覆うほどのロング丈ドレス。
なるほどこの丈が主流じゃ、膝丈なんて有り得ない短さだわ。
デザインはストンと流れ落ちるような、ごくシンプルな形。
でも濃く深い青に染められた生地の手触りは、かなり上質だと思う。
シルクのような上品な光沢が見事で、胸元にひとつ、真っ赤な宝石が縫い込まれてる。
これって本物かしら? 色ガラスにはとても見えないけど。
袖口の刺繍飾りも、なかなか凝ったデザインだ。
一応城内に出入りする人間なんだから、ある程度の小奇麗な身なりは必要なんだろうけど。
ただのコンパニオンガールよね? それでもこんな上等な服を着ているの?
なんだか想像以上に豊かな文化みたい。
「しずくさん、わたしを中にいれてください」
「あ、うん」
あたしはノームを拾い上げ、ドレスの胸元に隠した。
「大丈夫? 苦しくない?」
「へいきです。ここ、だいぶ胸と生地の間によゆうがありますから」
「あ……そ……」
良かったわ。胸元のボリュームがスカスカで。
複雑な心境のあたしの隣で、モネグロスが遥か頭上を見上げている。
ついにたどり着いた、狂王の城を。
石造りの、ゴッツイ重厚な造りの城だ。
森の中から茂みに隠れて裏側を覗いてるだけだけど、頑強な雰囲気が全体に漂っている。
石と石の継ぎ目が微妙にゴツゴツしてて、ずいぶん粗さが目立つ。
丸い塔なんかは、ちょっとばかり洒落た感じがするけど、洗練された技術力とはほど遠い。
華やかさとは、ほとんど無縁の城。
城っていうから、なんていうか無意識に、ベルサイユ宮殿みたいなのを想像してたんだけど。
堅実主義? 華やかな文化の香り漂うってイメージには程遠い。
このドレスはかなり品質が高そうなのに。なんだかアンバランスね。
モネグロスは、いまにも城の中に飛び込みそうな表情だ。
実際、いてもたってもいられない心境なんだろう。
彼にとってこの城は、焦がれ続けた愛しいアグアさんの姿に見えているのかもしれない。
あたしはそんなモネグロスの肩にそっと手を置いた。
「もうすぐだからね」
「雫」
「待っててね、モネグロス」
切ない、すがり付く様な目でモネグロスが頷く。
「じきに酒や食料を運ぶ列が、女達と一緒にここを通る」
「それに紛れて、あの裏口から入るべし」
「わ、分かった」
いよいよだと思うと緊張する。
なにしろ内部がどうなっているか全然分からないし。当然、中に知り合いなんて1人もいない。
ノームがついててくれるけど、基本的に単独行動。孤立無援で敵の陣中で事を成さなきゃならない。
心臓がドキドキ。不安で心細くてたまらない。
「目立たぬようにするのが良しと思われ」
「うん」
「だが迅速に行動しろよ? まごまごしてると危険だ」
「分かった」
「周囲によく注意を払うべし」
「う、うん」
「だがあまりキョロキョロするな。挙動不審に見られるぞ」
矢継ぎ早に注意事項を受けるたび、不安が増してくる。
本当にあたしにできるかしら? 大丈夫かな?
心臓はますます激しく鳴るばかりで、ノームが胸元から心配そうにあたしを見上げた。
「あ、あたし、アグアさんを見つけた後はどうすればいいの?」
「状況によると思慮する」
「簡単に連れ出せはしないだろう。居場所が分かるだけでも上出来だ」
「ぶ、無事かどうかも確認してください! ぜひとも!」
「その後で、酒宴の混乱に乗じてそっと抜け出すんだ」
よ、よし。うん分かった。
あたしは自分がやる事を頭の中で反芻する。
大丈夫よね? 大丈夫、やれるよね? うん大丈夫よきっと。大丈夫大丈夫。
自己暗示にかけて、無理やり平静を保とうと努める。
「それからノーム」
「なんですか? ジン」
「目立たないのが鉄則だ。しかし、最悪の場合も充分に考えられる」
「はい」
さ、最悪の、場合って?
い、いや大丈夫! きっと大丈夫ったら大丈夫! 危険な事態なんて起きるはずがない!