(3)
あたしが人間だと、何か困る事情でもあるのかしら。
でもこっちこそ今現在、命に関わるほど混乱の極致なんですけど。
怖いけど、あたしは意を決して彼女との対話を試みる事にした。
どうやらあちらも何かの事情があるみたいだし。
だったら協力し合えば、それぞれ打開できるかもしれない。
映画に出てくる怖いモンスタータイプの異星人じゃなさそうだし。
きっと話せば通じるはずよ。非常事態では、独りで悩むよりも互助する姿勢が生き残りの秘訣。
なんだっけ? 三人寄れば文殊の知恵?
毛利元就三本の矢? …ひとり足りないけどさ。
あ、異星人に通用するかしら。この格言。
「あ、あのう」
心臓をバクバク鳴らしながら恐る恐る話し掛けると、彼女は素直にこちらに水色の瞳を向けた。
長い長い髪が揺れ、光を反射してキラキラ輝く様は吸い込まれそうなほど美しい。
「なんでしょう?」
「あのう、ここってどこだか分かりますか?」
一番に聞きたい事を、まず質問した。
そりゃ、知らない土地の地名を聞いてもどうにもならないのは分かってるけど。
ここがどこだか分からないよりは、よほどいい。
とにかく知りたいの。なんでもいいから知りたいの。
「はい、ここは」
「ここは?」
「砂漠の地です」
「……」
…あのね。
見りゃ分かるわよそりゃ。
誰もここが湿原地帯だなんて思わないわよ。
だからねぇ、そういう事が聞きたいんじゃないの。
「いやだから、そうじゃなくて…」
「ここは砂漠の神の住まう神殿の近くです」
……砂漠の神??
「私は、仲間の精霊と共に砂漠の神の元へ向かっている途中でした」
「……」
「ですが慣れない場所で、仲間とはぐれてしまいました」
「……」
「水の精霊である私には、この砂漠の聖域は耐えられなかったようです」
仲間の精霊? 水の精霊? 砂漠の神の聖域??
えっと、ええっと。
あたしは頭の中をグルグルさせつつ、今の会話の内容を検討した。
冷静になろう冷静に。
ここは、あたしが居た世界じゃない。
だからあっちの常識は全然通用しないんだから。
どんな話も、素直な心で真摯に受け止める柔軟な思考が必要なんだわ。
つまりここの世界は、神様とか精霊とか、メルヘンな物が実在してる世界って事?
この、到底普通の人間とは思えない彼女は…
水の精霊?
もう一度彼女の姿を、穴があくほど良く観察した。
確かに姿かたちや雰囲気から水の気配を感じる。
この強烈な熱気の中で、彼女の隣に居ると少しだけ空気が涼やかで清々しい。
精霊、精霊、水の精霊。これが、水の精霊……。
あたしはまじまじと眺め尽くした。
はぁ、まさか、生きてるうちに精霊なんて存在に遭遇できるなんて。
おとぎ話や映画でしか出会えない生き物。
生き物って言っても良いのかどうかも分かんないけど。
「あの…?」
「あ! ごめんなさいジロジロ見ちゃって!」
いけないいけない! 失礼だわ! 初対面の相手に向かって!
パンダより珍しい存在だから、つい。気分を害してないといいけど。
「本当にごめんなさい。あたしの世界では精霊とかって存在してないものだから」
「え?」
「あ、いや。存在しないって断言していいのかどうか分からないけど」
「…?」
「少なくとも精霊って、普通にバス亭みたくあちこちに立ってるわけじゃなくて」
「精霊が、存在しない??」
水の精霊は、あたしの言葉を良く理解できてない様子だ。
訝しげにあたしの顔をじっと見つめている。
そうか。こっちの世界では精霊が存在しないなんて、それこそ理解不能な事なんだ。
ところ変われば社会の常識って全く通用しなくなるのね。
子どもの頭を撫でるのが、侮辱を意味する国だってあるくらいだしね。
「あなたは、何処からいらしたのですか?」
「え? え、えっとぉ」
不思議そうな水の精霊の問いに、今度はあたしが困惑する。
なんて答えれば理解してもらえるものか。
「あの、日本、です」
「にホん?」
「いえあのっ、ち、地球って知ってます?」
「チキュー?」
「いや、えーっと」
だめだ。この発音からして完全に通じて無いわ。精霊さんに。
困ったな、どう説明すれば理解してもらえるものか。
「あなたは、森の人間の国から来たのではないのですか?」
「森の人間の国?」