(4)
銀色の髪と瞳。
ただでさえ美しいそれが、暗闇のなか焚き火の炎に照らされてそれはもう、言葉にできないほど幻想的に輝く。
あたしは、うっとりと見惚れるばかり。
「綺麗……」
「ん?」
「ジンって本当に綺麗ね」
「お前も美しい」
突然言われたその言葉に、あたしの胸は高鳴りうろたえる。
う、美しいって、あたしが?
息を呑んで、踊るようにざわめきく胸を密かに押さえる。
じっとあたしを見ているジンから、目が離せなくなってしまった。
見惚れるほどの優しげな瞳と美貌で、ジンはあたしに向かって語り続ける。
「オレは今まで、人間を美しいと思った事は一度もなかった。でも、知った。雫、お前は特別だ」
「ジン……」
「お前は美しい」
今度は逆に目を合わせられない。
そんな事、ストレートに何の臆面も無く言われた事なんか、なくて。
恥ずかしくて、でも、嬉しくて。
「雫」
「あ、な、なに?」
「狂王の城まで、もうじきだ。城の中までオレはついては行けない」
「ええ、分かってるわ」
「本当は一緒に行きたい。お前が心配でたまらないからな」
あたしの事、そんなに心配してくれるのね。優しいジン。
「だから約束してくれ」
ジンの真剣な顔が近づいた。
「絶対に、絶対に無理はしないと約束してくれ」
「分かってるわ」
「危ないと感じたら考えるよりも先に逃げ出すんだ。いいな?」
「ええ、大丈夫よ」
「必ず無事に帰ってきてくれ」
「約束する。無事に帰るわ」
「必ずだぞ」
これまでに何度もあたしとジンの間で繰り返された会話。
この後、決まってジンはこう告げるの。
「雫、オレにとってお前だけが特別な人間なんだ。失いたくない」
そしてあたしの胸は、その度に幸福感に包まれる。
かつて婚約者から捧げられ、そして深く傷つけられた言葉。
それと同じ言葉であたしは今、強く深い喜びを感じている。
不思議ね。とても。
あたしを特別だと言ってくれる相手が、また現れてくれるなんて。
ええ。大丈夫よ。きっと無事に帰るわ。
自分を必要としてくれている場所へ、あたしは何が起ころうときっと帰る。
ジンを悲しませたりなんかしない。絶対しない。
「約束するわ。きっとあなたの元へ帰ると約束する」
「雫」
焚き火の炎に照らされるお互いの顔を、あたし達は見つめ合う。
そして……そっと互いの指先が触れ合った。
この気持ちは?
この感情は?
その答えを心の中に求めて、あたしは疼くような痛みを覚えた。
信頼? 友情?
……恋情? 分からない。
自分の気持ちが分からない。ただの仲間意識なのかもしれない。
仮にもし、それとは違う感情だとしたら。
あたし、婚約破棄してからまだ間もないのに? それは、あまりにも……。
否定したい気持ちが沸き起こるのを無視できない。
自分の中の答えさえ定まらないのに、ジンの心の内なんて、ますます分からない。
彼があたしに向ける、このひたむきな感情はなんなのだろう?
やっぱり友情? 責任感? それとも?
精霊が人間に対して、そんな感情を持つものなの?
その問いばかりが頭の中を堂々巡りする。そして答えは闇の中。
今のあたし達のように、闇に包まれるだけ。
ほんのわずかに触れ合う指先のように、かすかな何かを感じながら、ただ、闇に包まれ探し求めるだけなの。
降る様な満天の星空の下、何も語らない、美しい銀色。
あたしも無言のまま、ただ心に誓い続ける。
きっと帰るわ。ジン。あなたの元へ帰ってくる。
あたしが、それを望んでやまないから。
更けていく夜の中で
あたし達はいつまでも、もどかしく見つめ合い続けていた。