(3)
それからあたし達は森の中を、ひたすら城へ向かって進みだした。
……徒歩で。
しょうがないのよ。あたしが実体化を解けないから。
えっちらおっちら揃ってゾロゾロ、何日もかかる道のりを歩いている。
モネグロスなんて、実体化を解いて飛んだ方が絶対に負担が少ないと思うんだけど。
申し訳なくてショボくれるあたしに皆が話しかけてくれた。
「派手な動きは避けた方がいい。地道に歩いて行くぐらいでちょうどいいんだ」
「そうですよ雫。地道に行きましょう」
「ええ、じみちがいちばんです」
「我も地道が良いと思慮する」
「……ありがとう」
みんなあたしに気を使ってくれてる。文句ひとつ言わず、黙々と歩いてくれる。
あたしがこの作戦に必要不可欠ってのもあるんだろうけど、でもみんなの優しい気持ちが嬉しいわ。
そして、同じくこの作戦に必要不可欠な存在が……。
「ところで大きくなったりしてない? 土の精霊」
「は、はい。大丈夫です。ちいさいままです」
あたしの胸ポケットの中から、ちょこんと顔を覗かせている土の精霊。
この子を服の中に隠して城に入らないといけないから、体が成長しちゃうとアウト。
毎日あたしとモネグロスが、指で身長を測るのが日課だ。
「よし! 今日も育ってないわ!」
「ええ、無事に小さいままですね!」
「その調子よ、土の精霊!」
「偉いですよ! 頑張って小さいままでいるのですよ!」
「……は、い」
土の精霊は、大地と植物系の精霊。
そのせいか、大きく成長してこそ誇りって感覚があるらしい。
だから毎日、小さい小さい連呼されるとけっこう複雑な心境になるみたい。
でも実はそこが可愛くて、わざと言ってる部分もあったりする。
仕草も容姿も可愛い土の精霊は、密かにみんなのアイドル的存在。
あうぅ~と言葉に詰まって困っている姿を見て、うふふと心の中で笑ってしまう。
「お前達、意地が悪い」
火の精霊がムッとしながら土の精霊を両手に包み込み、自分の胸元に抱え込む。
「苛めるのは良くないと思われ」
そう言いながらあたしとモネグロスを睨み付けた。
土の精霊に対する罪悪感からか、火の精霊は最近やたらと土の精霊に対して過保護だ。
精悍で男らしい火の精霊が、まるでお人形を大切にしてるように見えてすごく可笑しい。
こっちの方もつい、からかいたくなる。
「あら、ずいぶん土の精霊に優しいじゃな~い?」
「土の精霊、では無し」
「え?」
「ノーム、と呼ぶべし」
火の精霊は上機嫌でそう言った。
実はあたしが土の精霊と火の精霊にも名前をつけたのだ。やっぱり名前で呼び合った方が、仲間!って連帯感が増すし。
土の精霊が『ノーム』
火の精霊が『イフリート』
ふたつとも、うろ覚えの本の記憶から付けた名前。
最初は戸惑っていたけど、ふたり共すぐ慣れてすっかり気に入ってくれた。
「庇ってくれてありがとう、イフリート」
「良いのだ。ノーム」
「イフリートって、いい名前ですねっ」
「ノームも良き名と思慮する」
「うふふ、イフリート」
「何か? ノームよ」
……。
勝手にやって。
なんだか年の差バカップルみたいなその様子を、あたしとジンは苦笑しながら見ていた。
モネグロスは感動しながら。
あたし達はそうやって何日も寝食を共にした。
とはいえ基本、食事が必要なのはやっぱりあたしだけなんだけどね。
土の、じゃない、ノームが果物や野草を調達してくれて、イフリートが焚き火で野草を焼いてくれたりして。
調味料もなんにもない、味も素っ気も無い食事。
でも緑の中で日の光を浴び、夜は星空を眺めつつ、時折、見た事もない異世界の動植物に驚きながらの食事は、とても楽しかった。
一日の終わりには、歩き疲れたあたしとモネグロスを、ジンが心地良い風で癒してくれる。
黄昏の気だるく美しい夕暮れに染まる森が、静かに夜に包まれていくのを感じながら。
そしてみんなコテージの中で揃って横になって休む日々。
毎日、毎日、毎日。
そんな風に過ごしながら、少しずつ目的地に近づいていく。
時折、歩きながら視線を感じて振り向くと、いつもジンがあたしを見ている。
あたしと目が合うと慌てて彼は視線を逸らす。その繰り返し。
そんな時は必ずあたしの周りに、包み込むような優しい風が吹いているのを感じる。
そしてそのたび、あたしの胸はトクンと鳴った。
そして夜にもなれば……ジンとふたりきり、焚き火の前に座っておしゃべり。
夜がとっぷりと更けるまで、彼と話し込むのが日課になった。
「今日もよく歩いたな。疲れたろう?」
「平気よ。ジンの癒しの風のお陰で」
「本来なら水の力の方が癒しの効果が強いんだがな」
「どーせあたしは半人間です」
「半人間、か。あの時お前、本気で怒ってたよな。目が据わってたぞ」
「ほんと、コイツどーしてやろうかって思ってたわ」
楽しそうに笑い声をあげるジン。あたしも一緒になって笑った。