(2)
「その心配は無用と思われ。王に食人の嗜好は無かったはずだが」
「でも、ぜったい安心じゃないですよね!?」
「そうだ! 雫が食われたら大変だ!」
「いや、だから……」
なんでみんな真面目に、あたしが食べられる方向で議論してるわけ?
そりゃあたしだって、できれば狂王なんかに会いたくないけれど。怖いのは確かに怖いし。
でもさすがに食べられはしないでしょ。
「とにかく却下!! オレが許さない! 分かったな!?」
「……」
「雫! 返事はっ!?」
「はい……」
ジンの剣幕があまりにすごいもんで、あたしはおとなしく返事をした。
まあ、こっちの人間の風習なんて良く分からないし。
もし本当に食人の習慣があったらシャレにならない。ここはジンの言う通りにしておいた方が無難だわ。
あたしが素直に引っ込んだのを見て、ジンはようやく安心した顔になって、計画をまとめ上げる。
あたしが宴に紛れ込み、酒宴の騒ぎに乗じて抜け出す。
城の中を調べて、アグアさんが幽閉されている場所を突き止める。
「水の精霊同士ならば、強く惹き合うと思われ」
「場所を確認してどんな状況かオレ達に教えてくれ」
「教えるってどうやって伝達するの?」
「わたしが雫さんに一緒についていきます」
土の精霊がちいさな右手を上げた。
「わたしなら、ちかくの植物や土を通して言葉をつたえられます」
「土の精霊は再生した身だ。長もすぐには気配に気付かないだろう」
「雫は人間ゆえ、長も見逃すと思われ」
「この案が今のところ、一番確実だと思う。雫、頼めるか?」
あたしはみんなの顔を見渡しながら頷いた。
「やるわ」
正直言って、怖いわ。すごく。それに責任も重大だし。
あたしが失敗したら全てが水の泡になっちゃう。
でもやるしかない。だからやるわ。
できる事をするって固く決意したんだもの。怖いからって逃げていられない。
もう逃げられない。あたし自身のためにも。
「すまない雫。結局お前に一番負担をかける事になるな」
「そんな事ないわ。みんな自分ができる精一杯の事をすればいいだけよ」
あたしは笑ってそう答えた。
「いいか? 無理だと判断したらすぐ中止しろよ? そのまま一刻も早く城から脱出しろ。いいな?」
「分かったわ」
「本当に無理は禁物だぞ? 分かったな?」
「了解でーーす」
深刻そのもののジンに、わざと明るく返事を返す。
すると今まで暗い表情で黙っていたモネグロスが重々しく口を開いた。
「私は今、とても自分を恥じています。私は、自分の愛しい君を救うために何ひとつできる事が無いのですね」
「モネグロス、そんな」
「異世界の人間に危険な役割を押し付け、それを黙って見ているしかないとは」
俯いて、また黙り込んでしまった。
すっかり気落ちしてしまっている。神殿から遠く離れて体調も思わしくないんだろう。
モネグロスは何も言わないけど、たぶんかなり具合が悪いはずだ。
早くアグアさんを救出しなければ、自分はもう間に合わないかもしれない。
でも、その自分自身が何もできない。
気ばかり焦って、もどかしくて情けなくて仕方ないんだろう。
あたしはそんなモネグロスの肩に手をかけた。
「そんな風に考えないで。あんたは自分の命も顧みずにここまで辿り着いたじゃないの」
「それは、そうなのですが」
「自分ができる精一杯の事を、あんたはちゃんとやってるわ」
そう言いながら黄金に輝く髪を優しく撫でる。
モネグロスは悲しげな表情で顔を上げ、あたしの目を見た。
「アグアさん、長い幽閉生活できっと体力が落ちてるわ。だから、城から出てすぐにあんたに会えたら、ものすごく喜んで元気が出ると思うの」
「……」
「彼女を城から出すだけが目的じゃないもの。無事に元気で砂漠に帰らなきゃ。その目的達成のために、あんたには無事でいてもらわなきゃ」
「雫……」
モネグロスの両目が涙で潤む。
あたしはよしよしと頭を撫で、自分の肩に押し当てた。
グスグスと啜り泣くモネグロスを見てると、なんだか切なくなってくる。
昔、弟が学校で友達とケンカして泣いて帰ってきたっけ。その時もこうやって慰めたわ。
なんだかホームシックになっちゃいそうよ。
あたしの婚約破棄の一件で、あの子は何も言わなかったけど。
いつも黙って心配そうにあたしを陰から見ていた。
何て声を掛ければいいのか、思いあぐねていたんだろうな。
どうしてるだろう。あの子。
あたしも涙目になって、モネグロスの頭をギュッと抱きしめた。