いざ城内へ(1)
「うーーむ……」
「ふーーむ……」
「よし、育ってないわね」
「はい、育ってませんね」
あたしとモネグロスに揃って真正面から見つめられ、土の精霊は緊張して固まっている。
あの流星夜から、もう3日。
あたし達は城に向かい、ひたすら森の中を進んでいた。
空気まで緑色に染まりそうな、どこまでも続く森林は植物と土の匂いでむせ返りそう。
木々の合い間から差し込む陽射しが、網目模様のように明るく周囲を照らしている。
透き通った水の流れる、細い川。せせらぎの音。鳥のさえずる声が耳に心地良い。
あたし達は、森の中の大きな岩場の陰で休憩していた。
小さなモコモコの丸い毛玉の生き物が、足元をチロチロと動き回っている。
向こうの木の陰では、見たことも無い不思議な毛色をした鹿に似た生き物が、黒い瞳でこちらをじぃっと見つめていた。
そう。結局あたしも、城へ同行する事になった。
アグアさんを見つけ出すために、あたしの力が必要だからってことで。
「オレがいくら城内を探しても、アグアを見つけられなかったんだ」
「わたしも気配をさぐろうとしました。けどむりでした」
「おそらく、何か特殊な措置を施していると予測」
「ああ。そこで雫の出番だ」
精霊達の会話を、それぞれの顔を見ながら黙って聞くあたし。
と、モネグロス。
「同じ水の精霊同士なら、オレ達よりも強く気配を感じ取れる」
「はい。きっとそうですね」
「ならば雫を、城内に入れる必要が有り」
「そう。それも、オレ達精霊が入り込めない場所までだ」
精霊が入り込めない場所?
あたしとモネグロスが顔を見合わせる。そんな場所があるの?
「あるんだよ」
「なんで?」
「狂王が精霊や神達を見下しているからさ」
ジンが不機嫌そうに言う。
「だから城内のほとんどの場所は、人間しか入り込めない」
うーん。そうか。きっと狂王は特権意識があるのね。
人間が一番優れていて、他は下等生物。だから利用はしても自分達のそばには決して近づけようとしない。
まさに奴隷扱いね。ひどい話だわ、まったく!
あれ?
でも実体化を解けば、人間に気付かれずに入り込めるんじゃないのかしら?
「入り込むのは可能だ。ただすぐ気付かれる。精霊の長が、監視を強めているからな」
「長が? なんでよ?」
「長は、いまではすっかり王のいいなりなんです」
土の精霊が悲しそうにうな垂れた。
「長が、我ら精霊を決して城内へは入れず。王の命令ゆえ」
「オレもアグアを探しに入り込んで、長に見つかって放り出された」
「わたしは城の入り口あたりで気配をさがしました。でも遠すぎて、むりでした」
「だから、城の奥まで入り込まないと見つけ出せないと思う」
モネグロスは沈んだ顔で会話を聞いている。無理も無い。
せっかく人間の国まで来たのに、明るい話題がひとつも無いんだもの。
距離は近づいても、とても遠くに感じているんだろう。
「そこで雫の出番なんだよ。お前は人間だから城に入れる」
「そりゃ、あたしは人間だけど」
でもお城よ? お城。
平民がノックしたって簡単に玄関開けてくれると思えないけど?
「城は今、毎晩のように盛大な宴を催しているんだ」
「狂王が、すでに世界を手中に収めた気でいるゆえ」
なるほど、前祝ってわけね?
「人間の宴に、女は必要不可欠なんだろう?」
「我は知っている。踊り子、酒を注ぐ女、大勢の女達が宴に参加する」
「そこに雫が紛れ込むんだよ」
「女達の顔ぶれは毎回変化。怪しまれる事は無しと思われ」
つまりあたしがコンパニオンガールに変装して、宴に紛れ込むわけね?
でもわざわざそんな事をしなくても、狂王はあたしに会いたがっているんでしょ?
ならそれを利用すりゃいいんじゃないの?
堂々と正面玄関から入ればいいじゃない。それなら面倒な事なんてひとつもないわ。
「だめだ」
ジンが憮然とした表情で断言した。
「狂王が何の目的で雫に会いたがっているのか分からないだろ。危険すぎる」
「そりゃそうだけど」
危険で言ったら、変装して忍び込むのだって危険に変わり無いし。
「ねぇ、そもそも何で狂王はあたしに会いたがってるのかしら?」
「それは我にも予想がつかず」
「ふんっ。人間の考える事なんか知るか」
あたしは単純に物珍しさだと思うんだけど。なんせ異世界からの来訪者だから。
人間って珍しい生き物が大好きだし。上野のパンダも大人気だし。
そう言うあたしに、おやゆび姫のように可愛い小さな土の精霊が、不安そうに聞いてきた。
「しずくさん。人間は、めずらしい動物がすきなのですか?」
「そうよ。大好きなの」
「それはやっぱり危険です! しずくさんが王にたべられてしまいます!」
「いや、好きって、好物って意味じゃないから」
パンダ食べないし。誰も。