(9)
何の補償も確証も無いと思い知った『言葉』を、信じたいと思う自分がいる。
信じたいと思える自分がいる。
ダイヤモンドはちっとも永遠なんかじゃなかったし。
パンフレットはただの資源ゴミ。
結納品の子産婦も友白髪も無駄になった。それでも。
モネグロスの純粋さを信じたい。
神の船の一途さを信じたい。
土の精霊のけな気さを信じたい。
火の精霊の熱い心を信じたい。そして……。
銀の粒子に輝く瞳の、見つめる先を信じたい。
たった独りで困難から立ち上がった、風の力を信じたい。
そして彼の言葉に応えたい。
あたしもここへ来られて良かったと、心から思える時を迎えたい。
そうすれば、きっとあたしの中で何かが変わる。
今でもあのふたりは憎いし一生許すつもりは無い。
死のうとまでは思わないにしても、絶対復讐してやりたいし。
あたしにはあいつらを許さない権利があると思うし、復讐する権利もあると思う。
でも、死ぬまで絶望と憎しみに囚われるだけの生涯とは違う道を、選べるのかもしれない。
生涯、人を信じられずに生きる人生とは違う道を。
これはそのチャンスなんだ。何がどう変わるのかは、まったくの未知数だけれど。
でもひょっとしたらあたしは何かを、何かを手に入れられるような予感がする。
元の世界へ帰るための、砂漠からの旅立ち。否応無く巻き込まれてここまで来たけれど。
今、ここからは違う。これはあたしが望む旅。あたしの意思で決めて進む道だ。
誰のためでも誰のせいでもない。自分自身の。
何かを変えて何かを掴む。
道行く先の希望を信じて。
具体的に何があたしに出来るのかは、まだ分からないけど。
それでも、出来る事を「やりたい」と思える。思えるのよ。あたし。
涙が頬を流れ落ちる。
満天の空の星が、次々と流れていくのが見えた。
流れ落ちる音が聞こえないのが不思議なほどの見事な流星群。
ただひたすらに美しい。
星のように涙を流しながら、あたしは口を開けて空を見上げる。
闇の世界の星々の宴。圧倒的な世界の下で、ちっぽけなあたしが誰にも知られず泣いている。
誰も知らない。
それでいい。
あたし自身が知っているから。
涙がひとつ。星がひとつ。流れるたびに、心が洗い流される。慰められる気がする。
ここから一歩を踏み出そうとしているあたしを、励ましてくれている気がする。
しばらくの間、あたしはそうして流れる星達を見ていた。
涙もおさまり、濡れた頬も乾いた頃にようやくあたしは立ち上がる。
そしてテントに向かって歩き出した。
さあ、もう休もう。始めるために。
テントの入り口を静かに開けた。
みんなぐっすり眠っている。起こさないように気をつけなきゃ。
ソロソロと忍び足で中に入って、空いているスペースにゆっくりと体を横たえた。
敷き詰められたフワフワの葉っぱが、まるで極上の寝具のようだ。わあ、気持ちいい。
―― ふわり
この風……?
髪と頬を、ほんのわずかに風が撫でた。
気付くのが難しいくらい本当にかすかな、ささやかな風が。
……。
もうとっくに眠ってると思ったのに。あたしが来るまで起きて待っててくれたのね?
心配、かけちゃったかな? ごめん。
「……ありがとう」
風に負けないぐらい、かすかな声であたしは囁いた。
風が、すぅっと止む。
そしてあたしは、とても満ち足りた穏やかな心で眠りにつくことが出来た。