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 何の補償も確証も無いと思い知った『言葉』を、信じたいと思う自分がいる。

 信じたいと思える自分がいる。


 ダイヤモンドはちっとも永遠なんかじゃなかったし。

 パンフレットはただの資源ゴミ。

 結納品の子産婦こんぶ友白髪ともしらがも無駄になった。それでも。


 モネグロスの純粋さを信じたい。

 神の船の一途さを信じたい。

 土の精霊のけな気さを信じたい。

 火の精霊の熱い心を信じたい。そして……。


 銀の粒子に輝く瞳の、見つめる先を信じたい。

 たった独りで困難から立ち上がった、風の力を信じたい。

 そして彼の言葉に応えたい。

 あたしもここへ来られて良かったと、心から思える時を迎えたい。


 そうすれば、きっとあたしの中で何かが変わる。


 今でもあのふたりは憎いし一生許すつもりは無い。

 死のうとまでは思わないにしても、絶対復讐してやりたいし。

 あたしにはあいつらを許さない権利があると思うし、復讐する権利もあると思う。


 でも、死ぬまで絶望と憎しみに囚われるだけの生涯とは違う道を、選べるのかもしれない。

 生涯、人を信じられずに生きる人生とは違う道を。

 これはそのチャンスなんだ。何がどう変わるのかは、まったくの未知数だけれど。

 でもひょっとしたらあたしは何かを、何かを手に入れられるような予感がする。


 元の世界へ帰るための、砂漠からの旅立ち。否応無く巻き込まれてここまで来たけれど。

 今、ここからは違う。これはあたしが望む旅。あたしの意思で決めて進む道だ。

 誰のためでも誰のせいでもない。自分自身の。


 何かを変えて何かを掴む。

 道行く先の希望を信じて。

 具体的に何があたしに出来るのかは、まだ分からないけど。


 それでも、出来る事を「やりたい」と思える。思えるのよ。あたし。


 涙が頬を流れ落ちる。

 満天の空の星が、次々と流れていくのが見えた。

 流れ落ちる音が聞こえないのが不思議なほどの見事な流星群。

 ただひたすらに美しい。


 星のように涙を流しながら、あたしは口を開けて空を見上げる。

 闇の世界の星々の宴。圧倒的な世界の下で、ちっぽけなあたしが誰にも知られず泣いている。


 誰も知らない。

 それでいい。

 あたし自身が知っているから。


 涙がひとつ。星がひとつ。流れるたびに、心が洗い流される。慰められる気がする。

 ここから一歩を踏み出そうとしているあたしを、励ましてくれている気がする。



 しばらくの間、あたしはそうして流れる星達を見ていた。

 涙もおさまり、濡れた頬も乾いた頃にようやくあたしは立ち上がる。

 そしてテントに向かって歩き出した。


 さあ、もう休もう。始めるために。


 テントの入り口を静かに開けた。

 みんなぐっすり眠っている。起こさないように気をつけなきゃ。

 ソロソロと忍び足で中に入って、空いているスペースにゆっくりと体を横たえた。

 敷き詰められたフワフワの葉っぱが、まるで極上の寝具のようだ。わあ、気持ちいい。


 ―― ふわり


 この風……?


 髪と頬を、ほんのわずかに風が撫でた。

 気付くのが難しいくらい本当にかすかな、ささやかな風が。


 ……。

 もうとっくに眠ってると思ったのに。あたしが来るまで起きて待っててくれたのね?

 心配、かけちゃったかな? ごめん。


「……ありがとう」

 風に負けないぐらい、かすかな声であたしは囁いた。

 風が、すぅっと止む。


 そしてあたしは、とても満ち足りた穏やかな心で眠りにつくことが出来た。


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