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 ……ぴくんと、あたしの唇が震えた。


 辺りは暗く、静かで、何も聞こえない。闇と無音。舞う炎。

 あたしは火の人形の踊りから視線を離さない。離せない。


「人間は好きじゃない。今も偏見がある。でも……」


ただ。

ただジンの囁きだけが……。


「オレはお前と出会えて良かった。感謝している」


その囁く言葉だけが、あたしの胸に突き刺さってあたしを苦しめる。

苦しめるのよ……。


 あたしは何の言葉も返さず、ふたりの間に沈黙の時間が流れる。

 火の人形はひたすら踊り続け、あたし達は黙ってそれを眺め続けるだけ。

 しばらくしてジンが静かに話しかけてきた。


「さあもう休もう。雫も疲れたろう?」

「あたし……」


 あたしは夜空を見上げた。


「もう少しここにいたい。こんなすごい星空、初めてよ。もう少しだけここにいるわ」

「……そうか」


 それだけ言ってジンが静かに立ち上がった。

「おやすみ。雫」


 火の人形が深く一礼して、また元の焚き火に姿を変えた。

 パチパチと揺らめく明るい炎を背に、ジンがゆっくりとテントに向かって立ち去っていく。

 あたしはジンの風の気配を感じなくなるまで、夜空を見上げていた。


 あぁ、溢れるような星達。こんな大量の星なんてプラネタリウムでしか見た事ない。

 まるで作り物のように感じられるほど、見事なこの世界の自然の夜空。


 彼とふたりで見たわ。プラネタリウム。

 暗闇の中、手を繋ぎながら。

 そしてその場で彼からのプロポーズ。


『雫がこの世界に生まれてくれて良かった。雫はこの世でたったひとりの特別な存在だ』


 アナウンスの説明なんて、まるで耳に入らなかった。

 爆発しそうな心臓の音と、緊張してガチガチに固まる体。


『雫に出会えた事、神様に感謝してる。本当だよ』


 湧き上がる幸福感。そして泣き出しそうなほどの喜び。


『結婚してください』


 一生……一生忘れないと誓った。涙で潤むこの星空を。

 たとえ作り物であったとしても、あたしにとって、どの世界の星空よりも美しく輝くこの星空を。


 あたしは彼の言葉を信じたわ。

 何の補償も担保も無い『言葉』なんて不確かなものを。


 ううん、言葉だけじゃない。

 ダイヤモンドの婚約指輪。新婚旅行のパンフレット。結納品の7品目セット。

 これでもかってくらい、たくさん贈られたわ。彼からの永遠の愛の証として。

 信じた。信じたわ。全て無条件に信じていた。そして……。


 あたしは、その全てを失った。


 その時、真実も永遠も無いんだって思い知った。

 世界には、何ひとつ確証なんか無いんだって。

 どんなに目の前に証を捧げられても、それは全部儚い幻想でしかないって。


 思い知らされ、絶望に突き落とされ、全てを恨んで逃げ出して。

 逃げた先に、この世界があった。


 そして今、再び満天の星空の下で再び、あの時と同じ言葉を聞く。


『この世界に来てくれて良かった』


『特別な人間』


『出会えた事を感謝する』


 あの時とは違う味の涙で潤む星空を見ながら、胸が掻き毟られるように痛む。

 運命ってものが本当に存在するなら、ずいぶんとヘソ曲がりで厄介なものだと思う。

 思うけど、あたしはひょっとしたら、何かを変えられるのかもしれない。


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