(7)
片一方からの視点だけでは分からない、隠れた真実ってのが世界にはあるんだわ。
そう思いながら、あたしは火の精霊の精悍な顔立ちを見上げた。
極力、感情を押さえようと無表情に努めているその姿が、何だか妙にいじらしく見えてちょっとおかしかった。
ついさっきまで、この無表情は不気味としか感じなかったのに。
隠れた真実、か。
「あたしが少しでも役に立てるなら嬉しいわ。どうぞよろしく。火の精霊」
水に流すとか、行動を許可するとか、そんな権利はあたしには無い。
ただ、一緒に戦いたいって言ってくれたのが嬉しかった。仲間になりたいって言ってくれた事が。
だから一緒に行動したいと思う。きっとモネグロスだってそう言うに違いない。
頼もしい仲間が増えて心強いわ。とても。
そう伝えると、かすかに火の精霊の唇が微笑んだ。
焚き火の炎がチラチラと揺らめく。
それでまた慌てて表情を引き締める様子を見て、あたしは笑ってしまった。
繰り返し感謝の言葉を告げて、火の精霊はテントに戻っていった。
その後ろ姿を確認して、ふぅっと息を付く。そして膝を抱え、また焚き火を眺める。
さっきまでよりも、さらに生き生きと見える火の色。
あたしは自然と頬が緩み、ほっこりした気持ちになった。
―― ふわり・・・
髪が風に揺れた。あ、この風は。
「ジン?」
「正解。よく分かったな」
ふわりと目の前にジンが舞い降りた。
銀の髪を巻き上げている風が、焚き火で火照ったあたしの頬を優しく撫でる。
「とりあえず周囲に危険なものは無さそうだぞ」
「そう、良かった。見回りお疲れ様」
「いや、たいして疲れちゃいないさ」
ジンがあたしの隣に並んで座り込んだ。そして焚き火の様子をひと目見て
「火の精霊と話したのか?」
と聞いてきた。
「すごい。なんで分かるの?」
「それぐらいこの火を見れば一目瞭然だ」
「ふーん。あたしには何となくしか変化が分からないけど。生粋の精霊と、半分精霊の差かしらね」
「あいつ、喜んでたろう?」
「おかげでヤケドしちゃったわ」
ジンは声を上げて笑い、悪気はないんだ許してやれよと言った。
「生真面目な火の精霊達の中でも、あいつは特に一本気で裏表のない奴だ。よろしく頼む」
「もちろんよ。こちらこそだわ」
「なあ、雫」
「なに?」
「ありがとう」
ジンが優しい声で感謝の言葉を微笑みながら囁いた。
澄んだ銀の瞳が、あたしをじっと見つめている。
「火の精霊と土の精霊が仲間になったのは、お前のお陰だ。お前の力が、少しずつ事態を好転させていく。オレにできない事をお前が叶えていく」
「ジン……」
「お前は、不思議な人間だな」
焚き火の炎に浮かび上がるジンの表情。
人間とは異なる質感の肌が、火に照らされてとても幻想的だ。
緩やかに揺れる銀の髪。あたしを真っ直ぐに見つめ続ける銀の瞳。
「お前は特別な人間だ。雫」
―― とくん
パチパチと火の爆ぜる音に混じって聞こえた、ジンの囁き。
その声があたしの胸を泡立たせた。
あたしが特別な人間? 特別な。
「お前にとって、本当はこの世界はすぐにでも立ち去りたい場所だろう」
ジンが焚き火に向かい、ふぅっと軽く息を吹きかける。
すると炎がサアァッと音を立てて、瞬時に人型に形を変えた。
わあ、火の人形だわ。
目を見張るあたしの前で、火の人形が丁寧に一礼し、軽やかに踊り始める。
揺れる長い炎の髪。ステップを踏む炎の脚。滑らかに動く炎の腕。
流れるようにひらめく炎のドレス。
うわあぁ、すごいわ! まるで生きているように見事なダンス!
声も出ないほど歓喜するあたしの隣で、ジンが囁くように語り掛けた。
「でもオレは感謝している。お前がこの世界に来てくれた事に」