(6)
全身全霊、心の奥までも燃え上がらせて、行くべき道を突き進む。
たとえこの身が燃え尽きようとも。
その誇りを失ってしまっては、火の名を冠して生きては行けぬ。
「我らは誇り高き火なり。皆、理解してくれる。…雫よ」
「なに?」
「我は、お前に感謝を捧げる」
「え? か、感謝? あたしに?」
思いもかけないその単語に面食らう。
火の精霊、感極まって忘れちゃったのかしら。あたし、さっきあんたの事を殺しかけた張本人なんだけど。
「お前の言葉が、我を目覚めさせり」
「あたしの、言葉」
「人間との軋轢に苦しむ世界に、異なる世界の人間であるお前が舞い降りた。そのお前が、我の心と行動を変えさせた」
「あたしは別に何もしていないわ」
「お前の来訪には意味がある。きっと」
モネグロスも同じ事を言っていた。あたしがこの世界に来た事は偶然じゃない。必然だって。
「あ、あたしは……」
あたしは火の精霊から視線を逸らした。あたしは、あたしは。
そんなご大層な理由でここへ来たわけじゃないの。
男に振られて全てに嫌気が差して、死のうとしたのよ。
あの世界の全てに『もうどうでもいい』って宣言して、放り投げたの。
死んで復讐してやろうって、そればっかりを考えて。
そう、逃げたの。辛い事があって、壁にぶち当たって。何もかもが嫌になった。
乗り越えようとする事も、考えようとする事も。あの世界で生きていく事も。
それで当然だって思った。
だって仕方ないじゃないの、あたしは裏切られたんだからって。
あたしは傷付けられたんだから、死を選んでもそれはあたしのせいじゃない。
あたしの責任じゃない。全て周りが悪いんだ、周りの責任なんだって。
そう自分の心に言い訳して逃げたの。
死を選ぶという決断をしたのは、間違いなくあたしの意思なのに。
責任全部をなすり付けて、あたしは逃げた。
だから火の精霊にそんな、感謝なんかされていい立場じゃない。
恥ずかしくて、身の置き所の無くて、気まずくてあたしの視線は宙を彷徨う。
火の精霊はそんなあたしの前にひざまづき、そっとあたしの両手をとった。
「雫よ、どうか我が行動を共にするを許せ。どうか、今までの非礼を水に流して欲しい」
「火の精霊」
「どうか、どうか」
あたしの両手を包み込む大きな手はとても温かい。
じんわりと爪の先まで、心地良い温かさが伝わってくる。
その手に自分の額を擦りつける様に懇願する火の精霊。目の前の燃えるような真紅の髪が、暗闇に映えて美しい。
あたしはしばらくの間言葉もなくその美しい紅を見ていた。そして。
「水に……」
「……」
「水に流すのなら、お手の物よ」
「雫?」
「なんたって、水の力の持ち主ですからね、あたしは」
真紅の髪が揺れ、火の精霊が顔を上げる。
あたしはニコリと微笑んだ。
「こちらこそ本当に申し訳なかったわ。どうか許して」
「雫、では?」
「ええ。これからどうぞよろしくね」
「おお! 雫!」
火の精霊の手の力が一層強くなって、彼の顔が歓喜に包まれる。
途端にボォッ!っと焚き火の炎が一気に倍ぐらいの大きさに膨れ上がった。
「うわ!? あちあちち!」
「雫! 心から感謝する!」
「あち! 火の粉! 火の粉!」
「お前を我の火で守ると誓う! 全身全霊で!」
「その前にこの焚き火を何とかして! 守られるどころか、あたし今この火でヤケドしてるんですけど!」
「す、済まない。つい・・・」
火の精霊が慌てて焚き火に手をかざすと、ふぅっと火の勢いが弱まって元通りに落ち着いた。
「ふぅ、驚いたわ」
「我ら火の精霊は、往々にして『加減』というものが良く分からず。だが、お前がいればその心配も無用」
「あたしが?」
「水は常に火を抑えてくれる。火にとって水は不可欠な存在なり」
ああ、なるほどそうか。火と水って、相反するものってイメージしかなかったけれど。
そういう一面もあるのね。