表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
52/182

(6)

 全身全霊、心の奥までも燃え上がらせて、行くべき道を突き進む。

 たとえこの身が燃え尽きようとも。

 その誇りを失ってしまっては、火の名を冠して生きては行けぬ。


「我らは誇り高き火なり。皆、理解してくれる。…雫よ」

「なに?」

「我は、お前に感謝を捧げる」

「え? か、感謝? あたしに?」


 思いもかけないその単語に面食らう。

 火の精霊、感極まって忘れちゃったのかしら。あたし、さっきあんたの事を殺しかけた張本人なんだけど。


「お前の言葉が、我を目覚めさせり」

「あたしの、言葉」

「人間との軋轢に苦しむ世界に、異なる世界の人間であるお前が舞い降りた。そのお前が、我の心と行動を変えさせた」

「あたしは別に何もしていないわ」

「お前の来訪には意味がある。きっと」


 モネグロスも同じ事を言っていた。あたしがこの世界に来た事は偶然じゃない。必然だって。

「あ、あたしは……」

 あたしは火の精霊から視線を逸らした。あたしは、あたしは。


 そんなご大層な理由でここへ来たわけじゃないの。

 男に振られて全てに嫌気が差して、死のうとしたのよ。

 あの世界の全てに『もうどうでもいい』って宣言して、放り投げたの。

 死んで復讐してやろうって、そればっかりを考えて。


 そう、逃げたの。辛い事があって、壁にぶち当たって。何もかもが嫌になった。

 乗り越えようとする事も、考えようとする事も。あの世界で生きていく事も。


 それで当然だって思った。

 だって仕方ないじゃないの、あたしは裏切られたんだからって。

 あたしは傷付けられたんだから、死を選んでもそれはあたしのせいじゃない。

 あたしの責任じゃない。全て周りが悪いんだ、周りの責任なんだって。


 そう自分の心に言い訳して逃げたの。

 死を選ぶという決断をしたのは、間違いなくあたしの意思なのに。

 責任全部をなすり付けて、あたしは逃げた。


 だから火の精霊にそんな、感謝なんかされていい立場じゃない。

 恥ずかしくて、身の置き所の無くて、気まずくてあたしの視線は宙を彷徨う。

 火の精霊はそんなあたしの前にひざまづき、そっとあたしの両手をとった。


「雫よ、どうか我が行動を共にするを許せ。どうか、今までの非礼を水に流して欲しい」

「火の精霊」

「どうか、どうか」


 あたしの両手を包み込む大きな手はとても温かい。

 じんわりと爪の先まで、心地良い温かさが伝わってくる。

 その手に自分の額を擦りつける様に懇願する火の精霊。目の前の燃えるような真紅の髪が、暗闇に映えて美しい。


 あたしはしばらくの間言葉もなくその美しい紅を見ていた。そして。


「水に……」

「……」

「水に流すのなら、お手の物よ」

「雫?」

「なんたって、水の力の持ち主ですからね、あたしは」


 真紅の髪が揺れ、火の精霊が顔を上げる。

 あたしはニコリと微笑んだ。


「こちらこそ本当に申し訳なかったわ。どうか許して」

「雫、では?」

「ええ。これからどうぞよろしくね」

「おお! 雫!」


 火の精霊の手の力が一層強くなって、彼の顔が歓喜に包まれる。

 途端にボォッ!っと焚き火の炎が一気に倍ぐらいの大きさに膨れ上がった。


「うわ!? あちあちち!」

「雫! 心から感謝する!」

「あち! 火の粉! 火の粉!」

「お前を我の火で守ると誓う! 全身全霊で!」

「その前にこの焚き火を何とかして! 守られるどころか、あたし今この火でヤケドしてるんですけど!」

「す、済まない。つい・・・」


 火の精霊が慌てて焚き火に手をかざすと、ふぅっと火の勢いが弱まって元通りに落ち着いた。


「ふぅ、驚いたわ」

「我ら火の精霊は、往々にして『加減』というものが良く分からず。だが、お前がいればその心配も無用」

「あたしが?」

「水は常に火を抑えてくれる。火にとって水は不可欠な存在なり」


 ああ、なるほどそうか。火と水って、相反するものってイメージしかなかったけれど。

そういう一面もあるのね。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ