(5)
それは仕方がない事。だから我は行かぬ。そう決めた。
長から、風の精霊とお前を城へ連れて行くよう命を受けた時も、命令に従うが当然と思った。
逆らえば、我ら火の精霊全ての立場が危うくなる。
全精霊達の存続のためにも、仕方がないから、我は行くのだと。
「それは、あたしも本当に仕方のない事だと思うわ。あんたがそう決めたのも無理も無い話よ」
「違う。我は逃げたのだ」
「逃げた? どこから?」
「我自身の心より」
火の精霊の顔は、無表情から苦悩の表情へ、心の動きのように変貌していく。
噛み締めるように彼は、言葉をひとつひとつ搾り出していった。
我も本心では砂漠へ旅立ちたかった。でも長の命令だから我慢したのだ。
我は決して、アグアや風の精霊達を見捨てたのではない。
我は本心ではここへ来たくなかった。でも仲間の火の精霊達のために我慢したのだ。
これは我の本心ではないのだ。本意ではないが仕方がないことなのだから。
「我はそう思慮せり。だが、その考えを引っくり返された」
「誰に?」
「お前に」
「は? あたしに?」
火の精霊は深く頷いた。
「お前は言った。『自分がした事ならば、それは自分の意思である』と」
「あ……」
「言い訳はできぬと、そう言った」
その言葉を聞いた時、我は胸が抉られるような痛みと、羞恥を覚えた。
我は言い訳ばかりだ。
アグアの受ける処遇を見て見ぬ振りをした事。風の精霊と水の精霊を見捨てた事。ここへ来た事。
それらは全て我がした事。
共に砂漠へ旅立つ事も、命令を拒否する事もできたのに。
ならばそれは全て、我の意思と責任になってしまうのだ。
仲間のためや、長の命だからと理由を付けて、仕方がないと逃げたとしても。
自分は薄情でも卑怯でもないのだと言い聞かせても、言い訳は通用せぬ。
そもそも、誰に対しての言い訳か? 長に? 仲間の精霊達に?
いいや。自分自身の後ろめたさに。
仕方がない。我のせいではない。責任は無い。
そういってコソコソ背中を向けて隠れていた自分自身の心への言い訳に、ほかならない。
「だから我は、お前達と共に行く事を望む」
自分のした事は自分の意思になる。逃げるも言い訳も通用せぬ。
ならば、本心から望む道を進みたい。
でなければ、とても自分で責任などは負いきれぬ。自分の心から隠れたままでは、到底生きられぬ。
アグアを救い出すこと。神達の窮地を救うこと。我ら精霊達を救うこと。
それらの為に行動して生じる責任ならば。
「我は、逃げも隠れも言い訳もせず、喜んで全てを受け入れよう」
火の精霊はハッキリと言い切った。その真紅の目に一切の迷いは無い。
もう完全に心は決まっているんだろう。
それは、もちろん嬉しい。精霊同士で争うより、ひとりでも多く仲間になってくれた方がありがたいわ。
「でも火の精霊、大丈夫なの? 仲間の火の精霊達の立場が、あんたのせいで悪くなっちゃうんでしょう?」
「確かに」
「それでいいの? あんたも火の精霊の一員なのよ?」
「そうだ。だからだ」
「え?」
「我は、まさしく火の精霊なり」
風の精霊は言った。風の誇りは『自由』であると。
それと同じように、我ら火にも誇りがある。
『威風堂々』
逃げはせぬ。隠れもせぬ。背は向けぬ。
正々堂々、真っ直ぐに信じる道を突き進むのみ。