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(4)

 とっぷりと日が暮れて、あたりはすっかり夜。

 あたしは火の精霊が燃やしてくれた焚き火の前に膝を抱えて座っていた。


 赤やオレンジや黄色が、とても綺麗。

 街灯なんてひとつも無いこの場所に灯った、拠り所のように美しい灯火。

 暗闇の中で複雑に色彩を変え、形を変える様はまるで生きているみたい。

 その揺らめきを見ていると、吸い込まれそうな気がしてくる。


 あたしの後ろには、枝や葉で作られた大きな簡易テントが建てられていた。

 ちょっとアジアンテイストなコテージみたいに素敵なこれは、土の精霊のお手製。

 といっても別に、土の精霊がノコギリやカナヅチで日曜大工をしたワケでは、もちろんなくて。

 地面の上にあの小さな手を置き、不思議な声で土に向かって囁くと、細長いたくさんの木々がニョキニョキと生えてあっという間にコテージを形作った。


 精霊達は別に野宿は全然気にならないらしいんだけど、あたしとモネグロスのためにわざわざこしらえてくれたわけ。

 モネグロスはもうその中で休んでいる。よほど疲弊したんだろう。

 無理も無いわ。神殿を出てから過酷の連続だったもの。死なずに済んでラッキーなぐらいだわ。

 少しでも体力が回復してくれるといいけれど。


 そんな事を考えながら、ふと気配を感じて振り向くと、そこに火の精霊が立っていた。


「人間の女よ、火の加減はどうか?」

「うん、ちょうどいいわ。順調よ」

「そうか」


 火の精霊は無表情のまま立っている。何も話さないのに、なぜか立ち去ろうとはしない。

 何かあたしに用でもあるのかしら?


「ねぇ、火って綺麗ね」


あたしは火の精霊に話しかけた。


「火も、風も、土も、水も、とても綺麗」

「……」

「恐ろしいぐらい大きな力を持っていて、そしてとても美しい。それに比べると、人間なんてすごくちっぽけよね」


 人間は神に愛されたというけど、現実は何の力も持たないちっぽけな存在。

 なのに人間は、どうやって神の愛を信じることができたんだろう。

 神からたくさんの力を与えられた、精霊のような存在を横目で見ながら、でも自分には何も与えられてはいなくて。


 どうやって? なにを信じたの? 「愛している」という言葉だけ?

 そんな不確かなものだけで、人間は自分の存在価値を信じる事ができたの?


人間。人間。人間なんて。


「ちっぽけで、とても愚かだわ」

「我は……」


 突然、火の精霊が話し出す。あたしはしゃべるのを止めて耳を傾けた。


「我は、お前達と行動を共にするのを望む」


 あたしは揺らめく炎から、火の精霊に視線を移す。

 暗闇に浮かぶ表情の無い顔の中で、燃えるような真っ赤な目が真剣だった。

 真正面からあたしを見詰めるその姿はやっぱり、とても美しいと思った。


「我の話を聞く気があるか? 人間の女よ」

「そりゃ聞くわよ。だけど「『人間の女』じゃなくて名前で呼んでよ」

「承知。では『ただのしずく』よ」

「いや、『雫』だけでいいから」

「では、『雫』。我は……我は、知らぬ振りをしていたのだ」


 真剣そのものの表情で、火の精霊は確かにそう言った。

 知らない振り? なにを?


「風の精霊が、水の精霊と共に砂漠へ旅立ったことを」

「ああ、そのことね?」

「砂漠越えの途中で、命を落とす危険が充分にあったことを」

「……」

「風の精霊も、水の精霊も、それを覚悟のうえで、それでも…」


火の精霊の両手が、固く強く握り締められる。その拳はブルブルと震えていた。


「それでも仲間のために旅立ったことを、我は、知らぬ振りをした」


 我は、当然のことだと思った。

 精霊の長が下した決定は、『人間の国から一歩も出てはならない』

 ならばそれを守るべきだと思った。


 この世界の神達が滅亡寸前であることも、我ら精霊達が奴隷のように扱われていることも。

 アグアが受けている仕打ちも、すべてすべて、何もかも。

 我らが長と認めた者の命ならば、我らが従わねば立ち行かぬのだと。


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