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 あたしの頭は、ようやくノロノロと働き始める。

 ねぇ、なにがどうしてどうなったの??


 あまりの非現実的さ加減に、あたしの脳が容量オーバーしかけている。

 こんなのって有りえない。有りえない。有りえないったら有りえない。


 でも視覚とか聴覚とか、あらゆる五感が肌を通して、あたしの必死の考えを揃って否定する。


『これは全て現実だ』


 この圧倒的に有りえない世界は、全て現実なんだ。

 この目に映る摩訶不思議な物の全てが。


 そう自覚したら、たちまち強烈な悲壮感が襲ってきた。

 砂漠の中の凄まじい心細さ。未知の世界への激しい恐怖感に身が竦む。

 そして、どうすればいいのか分からないお先真っ暗な深い深い絶望感に苛まれる。


 なぜなの? 


 なぜあたしにばかり、選ばれたかのように異常事態が起こるのよ? 厄年でもないってのに。

 婚約破棄に続いて異世界トリップ?

 なによそれ! ベガスのカジノでフィーバーするより低確率じゃないの!

 神様ってあたしに恨みでもあるの!?


 彼を…彼をあたしの元に戻して欲しいって願いは、あんなに祈っても叶えてくれなかったくせに!


 あたしがここに居るって事は、誰もあの二人の邪魔をする者はいないって事になる。

 あたしがいなくなってこれ幸いと、順調に幸せになってしまうじゃないの!

 そんなの絶対に許されることじゃないわ! 

 あたしは心の中で叫びながら、涙で潤んだ両目をヤケクソ気味にゴシゴシ擦った。


 痛い! 手についた砂が目に入った! うわ! すっごい痛い~!!

 んもう! 泣き面に蜂ってこの事!? 最低で最悪!!


「いたたた~!!」

「……大丈夫、ですか?」


 突然真横から、か細い女性の声が耳に飛び込んできてあたしは悲鳴を上げた。


「ぎゃあぁぁっ!?」


 び、ビックリした!! 心臓止まるかと思った!!

 誰かここに居たの!? さっきまで砂しか無かったじゃない!

 どっから湧いた!? まさか危険な砂漠のモンスターじゃないでしょうね!?


 恐怖に引き攣りながら声の主を確認して、再びあたしは驚いてしまった。


 見た事もないような、大きい綺麗な空色の瞳。

 瞳の色と同じ色の長い長い髪。

 その髪は一本一本が、陽の当たる水面のようにキラキラと反射して眩しいほど輝いている。

 そしてその人からは、清流のように清々しい匂いが微かに漂ってきた。


 抜けるように白い肌は白磁のように滑らかで、一切の血色が見られない。

 全身には大きな白い一枚布が、肩口から足首あたりまで巧みに巻きつけられている。

 なんていうか、古代ギリシャの衣装に少し似てるかも。


 華奢でたおやかな、女の、『人』??


 ううん。これは『人』じゃない。だって不思議で異質な、この存在感たるや。


 目の輝き。髪の艶。肌の色や質感。

 全てが、普通の人間のものとはまるで違っている。

 これは明らかに人間じゃないわ。


 まるっきり作り物じみているのに、違和感は少しも感じられなかった。

 ものすごく自然にそこに存在している。そんな感じ。


 未知との遭遇にあたしは声も無く相手を凝視する。

 これが熊とかゴリラとかだったらまず悲鳴が先なんだろうけど。

 こんな綺麗な異星人、ゴリラと一緒にしたら申し訳ないわ。

 そもそも異星人なのかどうかも定かでは無いけど。


 相手もあたしに負けず劣らず、ものすごく驚いた様子でこっちを見ていた。

 頭のてっぺんから足元まで、まじまじと空色の瞳であたしの全身をくまなく凝視している。

 怖がられて、る、のかな? それとも珍しがられてる?


 と、とりあえずこの様子なら、いきなり襲われる心配はなさそうだけど。

 なに? そこまであたしって珍妙な生物に見えるの?


 あたしは視線を下げて、改めて自分の姿を再確認した。

 あ、この会社の制服がマズかったかしら?

 確かにギリシャ神話の衣装みたいな服とは文化が違うかも。


 そんな風に困惑しているあたしに、彼女は弱々しくも可憐な声で話しかけてきた。


「なんという事でしょう。あなたは…」

「え?」


 な、なに? あたしが何? 何をそんなに驚いているの?

 だ、大丈夫よ! 変な服を着ててもあたしは人畜無害な存在だから!

 だからお願い! 突然襲ってきたりしないで!


「あぁ、あなたは…あなたは…」


 華奢な指で自分の両頬を覆いながら、彼女はその言葉を繰り返す。


 だ、だからあたしが何!? そんなにこの制服がNGだった!?

 確かに専務の好みで無理やり決定した制服だから、社員全員にもえらく評判が悪かったんだけど!

 …異星人にまで拒否されるのか。専務のセンスって。


「あなたは…」

「は、はい?」

「ひょっとして…」

「はいっ?」

「人間ですね?」

「……そうです、けど」


 ああ、やっぱり! と驚愕する彼女を、あたしは気抜けしながら見た。

 まさかそんな問い掛けがくるとは予想してなかった。

 そんな基本的な事実で驚かれても困るんですけど。


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