(2)
さすがに罪悪感にかられてあたしは緊張する。
でも火の精霊はそんなあたしに目もくれず、土の精霊に話しかけた。
「無事に再生したか?」
「はい。もんだいはありません」
「謝罪する。燃え上がれば、自分でも止めるは不可能。それは分かっていたが、長の命令が…」
「わかります。命令にさからえば、他のすべての火の精霊達のたちばが悪くなってしまいます」
「……」
「でもあなたは、ちゃんと再生の炎をつかってくれましたから」
「しかし」
火の精霊が神の船を見た。
黒く焼け焦げた木片の残骸。さすがに再生の炎も燃えた船までは元通りにはできないんだろう。
土の精霊が何も言わずに神の船を見た。自分の兄弟のなれの果て。
沈黙が、逆に土の精霊の悲しい心を明瞭に代弁している。
でも小さな彼女は軽く首を振り、火の精霊をしっかりと見上げた。
「いずれ神の船を苗床に、木々の若芽もうまれます。ながい時間をかけて、いつか大木になります。そのときにきっと兄弟の名乗りができます」
「土の精霊よ……」
「その日がくるのを、わたしはたのしみに待ちますから」
土の精霊と火の精霊は、お互いをじっと見つめ合った。
「土の精霊よ。お前に再び、心からの謝罪と感謝を捧げる」
「火の精霊」
あたしはそんなふたりの様子を見ながら、つくづく反省していた。
火の精霊の置かれている立場。土の精霊の置かれている立場。
ふたりはそれをお互い良く理解し、できる限りの尊重をしている。
本当に、あたしは勝手な暴走をしてしまっていたんだわ。取り返しのつかない過ちを犯さなくて心底良かったと思う。
深い反省と共に、あたしは緊張しつつ火の精霊に話しかけた。
「火の精霊。あの、申し訳ありませんでした」
火の精霊が驚いたようにこちらを振り向いた。
「何を謝罪している?」
「その、あたし、あなたを傷つけてしまったから」
「傷つけた?」
「あ、いや、傷付けるってレベルを遥かに通り越しちゃったけど」
ちゃんと謝りたい。思い込みひとつであたしは命を奪いかけてしまったんだもの。
そりゃ、最初から明確な殺意があったわけじゃないし。水の力が暴走した事が理由のひとつではあるけれど。
だからって「だってわざとじゃないも~ん」で済まされる問題でもない。
「水の力のせいにできないわ。自分自身がしでかした事実だもの」
「水の力のせい? 自分自身?」
「ええ。あたしがした事なら、それはあたしの意思だわ。言い訳なんかできない。ゴメンで済めば警察はいらないけど、まずはきちんと謝罪させて下さい」
あたしは深く腰を折り、火の精霊に頭を下げた。
火の精霊は、なんだか考え込むようにしてあたしを見ている。
真紅の両目が、あたしを通り越して何か別の物を見ているようだった。
「まあ何にせよ、全員揃って無事で良かったって事だな」
「はいっ。本当によかったですっ」
ジンと土の精霊が、場をとりなす様に明るい声を出した。
その心遣いがありがたいわ。
あたしは自分の手の平を上へ向け、そっと土の精霊に差し出した。
土の精霊は手の平とあたしの顔をキョロキョロ見比べる。そして、おずおずと手の上に乗った。
あたしはゆっくりと手の平を、自分の顔と同じ高さまで持ち上げる。
「土の精霊。無事…でもなかったけど、復活できて良かったね」
「人間の、しずくさん」
「……ただの雫でいいんだけど」
「ただのしずくさん、とおっしゃるのですか?」
「いや、あの~」
思わず吹き出してしまったその息で、土の精霊の豊かな髪がぶわっと膨れ上がる。
目をしぱしぱさせてる表情が本当に可愛らしい。
「無事で良かった。本当に良かったね。土の精霊」
「はい、ありがとうございます」
土の精霊は頬を赤らめ、恥ずかしそうに俯いた。
その様子を微笑みながら見ていたジンが、優しい声で話しかける。
「お前の兄弟が大樹に成長すれば、また神の船になれるんだろう?」
「はい。それはもちろん。モネグロスの力があれば、かんたんですから」
「へええ! そうなんだ! モネグロスの……」
……。
「モネグロス!?」
そうだ、何か足りないと思ったら、全員揃って無事じゃなかったんだわ!!
ひとり向こうで失神してるんだった!!