ここからの一歩(1)
「もうこれで大丈夫だろう」
ジンが安堵の息をついた。
あたしは火の精霊の様子を覗き込んで確認する。
彼の体はすっかり元通りになったけど、まだ意識は不明のままで死んだように眠っていた。
「本当に大丈夫なの?」
「心配ない。じきに意識も戻るさ」
「そう。あぁ良かった」
あたしも安心して深い息をつく。あと少しで永遠に取り返しのつかない事態になるところだった。
良かった。本当に本当に良かった。
見れば雨もすっかり上がって、雨雲も完全に消え去った。
抜けるような綺麗な青空が戻り、空気が洗われたように清々しく感じる。
ぐるりと周囲を見回すあたしの視界の先に、暗い色の塊が見えた。
途端に気分が一転して、ずくん…と胸に重い痛みが走る。
それは土の精霊と神の船の亡き骸だった。
ふたつの哀れな燃え残りの残骸に、あたしはやるせない思いで一杯になり、たまらなくなる。
火の精霊の命を奪って罪の贖いにする事。それが正しい選択とは限らない。
ただこの虚しさの募る理不尽な感情は、簡単には払拭されない。ふたりの、あの最期を思うと。
「雫、見てみろ」
「え?」
ジンが土の精霊の亡き骸を見ている。
土の精霊の黒く焼け焦げた体の一部分が、懐中電灯ひとつ分くらい、小さく光っている。
あれ、なにかしら?
―― ポンッ
「わ!?」
光っている場所から、軽やかな音を立てて小さな淡い緑色の芽が飛び出た。
淡い緑色の芽が双葉になり、そしてその双葉の間から……
―― ポポンッ!
「わーー!? ち、ちっちゃい土の精霊がうまれた!?」
人の手の平に乗るぐらいの大きさの土の精霊が、双葉の上からこちらを眺めている。
ふわふわの長い髪、くるりとまあるい大きな目、ふっくらした幼い頬。
これって完璧なミニチュア版だわ! か、可愛い!
あたしとジンが近づくと土の精霊は小首を傾げ、じぃーっとこちらを見上げた。
その健気でいじらしい姿ったら、もう! かわいいかわいい! すーっごく可愛い!
「火ってのは破壊するだけじゃない。再生の象徴でもあるんだよ」
ジンが微笑みながら説明してくれる。
「再生?」
「雫の世界でも火から生まれるものがあるだろう?」
火から生まれるもの?
そうね。陶芸とかは、火が無いと生まれないわね。刀を鍛えるのにも火は不可欠だし。
料理だって火を使って食材を生まれ変わらせる行為だし。
想像の産物だけど、火の鳥も再生を司る。
「火の精霊は、最初からそのつもりだったのさ。この焼け野原もきっとすぐに新芽で満たされるはずだ」
そうか。火は命を生み出す力も持っているんだ。
恐ろしい一面ばかりに目が向けられがちだけれど、そうじゃない面も確かにあったんだわ。
あたしは激情にかられて良く知りもせず偏った見方しかできなかった。
ジンが言ってた『半分勘違い』って、こういう事だったのね。
もちろん、焼かれる方にしてみれば堪ったものじゃないだろうし、火の精霊の勝手な行為には違いないだろうけれど。
それでも、少なくとも抹殺しようとしてたわけじゃなかったんだわ。
ミニチュア版土の精霊が、可憐な小さな声で話しかけてくる。
「風の精霊、ごぶじだったんですか?」
「ああ。お前こそ大丈夫なのか?」
「はい。ええと、すこし苦しかったですけれど。だいじょうぶです」
にっこりする幼い笑顔。
少し苦しかったって、とてもそんな程度には見えなかったわよ。なんといっても自分の体を生きながら燃やされたんだもの。
なのに、こんな小さな子が気を使って。ほんとに物理的にも、えらく小さくなっちゃったけど。
あたしはウルっときてしまった。健気な子ね。えらいわ。
「うぅ……」
あ、火の精霊が呻き声を上げた。意識が戻ったんだわ。
火の精霊は辛そうに上体を起こし、不思議そうに辺りを見回してあたし達に気がついた。
そしてゆっくりと立ち上がり、前のめりになりながらフラフラこっちへ近づいてくる。
「おい火の精霊、まだ無理をするなよ」
「心配は、無用」
苦しそうに息を吐いて、火の精霊はあたしの隣にドサリと座った。
うわ、すっごく気まずいわ。この位置関係。
なにもわざわざ、あたしの隣に来なくてもいいじゃないの~!




