(14)
「ジンどうしよう!? どうすればいい!?」
「自分で始末が出来ない雨なんか降らすな! とことん迷惑だ!」
ジンに目を剥いて怒鳴られてあたしは縮こまる。
あたし、まったく同じ事を火の精霊に対して怒ってたっけ。うぅ、恥ずかしい。立場が無いわ。
ジンが大急ぎで火の精霊の元へ駆け寄った。あたしも慌てて後を追う。
火の精霊の体は、もうほぼ完全に消えかかっている。溜まった水の上に薄っすらと赤い色素がようやく確認できる程度だ。
「火の精霊! しっかりしろ!!」
ジンが必死に呼びかける。
死にかけている火の精霊の姿を間近で見て、さすがにあたしも本気で混乱し始めた。
あたしの降らせた雨で死にかけている。あたしのせいで死ぬ。あたしが殺してしまうんだ。
嫌だ。そんなのは嫌だ! 殺人者になるなんて絶対に嫌よ!
あたしはジンの腕に縋り付きながら叫んだ。
「力を使うコツか何かないの!?」
「前に言ったろ!? 説明のしようがないんだ!」
「そんな事言わないで何か教えて!」
「お前、いつも両手をパンパン鳴らしてたろ!? あれ効果あるんじゃないのか!?」
「無い! 基本的にあれは何の力も無いから!」
「意味も無いのにやってたのか!?」
「意味はあるのよ! 効果が無いだけ! 気持ちの問題よ!」
ああ、どうしよう! どうすればいいの!?
神様どうか助け……
ああぁ! 神様はあっちで気絶してるんだったわ! そういえば!
神頼みすらできないなんて!
「火の精霊! 死ぬな! 死ぬな!」
ジンがどんなに強く叫んでも、赤い色素はどんどん消えていく。
どうしよう! このままじゃ本当にあたし殺人犯だわ! どうしようどうしよう!
どうか死なないで! 火の精霊の命の炎よ、消えないで! 誰かどうか、この命を救って!
命は、命っていうものは、簡単に消えたり消したりしていいものじゃない。
そんなものじゃない。そんな当たり前の事、良く知っているつもりだったのに。
あたしはあの時、彼とあの娘へのあてつけに死のうとした。
自分の命を利用して復讐しようとした。
そして今、あたしは火の精霊の命を対価にしようとした。
土の精霊と神の船の命の代償を、それで払わせようとした。
命は、そういったものじゃない。
命の持つ真の意味なんて大層な事、あたしにはよく分からないけれど、でもこれだけは分かる。
あたしが死んでも、それは復讐でも何でもない。この世からあたしが消え去るだけ。
火の精霊の命が消えても、それが土の精霊と神の船の命の対価にはならない。
それは決して対価ではない。
この世に誰かの命の代償になれるものなんて、存在しない。
自分が誰かの命を奪う直前になって、やっと思い知るなんて。
なんてあたしは愚か者なんだろう。
どうか、どうか命よ消えないで。この世界でたったひとつの、この命よ消えないで。
あたしが愚かだったからという理由で、命が失われるなんて事があってはならない。
だからどうか、どうかどうか、この命を救ってほしい。
あたしは目をつぶって懸命に祈った。心の底から祈った。
強く強く、必死に。一心に。
『どうか命を救って欲しい』と。
―― ピチョン…
どこかに雫が一滴、落ちる音がした。あたしは目を開き耳を傾ける。
聞こえる。この激しい轟音のような雨音の中で、確かに聞こえる。
静かで、そしてとても温かな、たったひとしずくの水音。
(これは、あたしの中の…水の精霊。あなた?)
不意に、本当に突然に、雨の勢いが弱まった。
滝の雨は見る間に糸のような弱々しい雨となり、引いていく。
そして嘘のようにピタリと止んだ。
空から雨雲が駆ける様に消えていく。合い間から、青い空と明るい陽射しが見えてきた。
雨が、やんだ。
呆然と空を見上げるあたし。その隣でジンが歓声を上げた。
「よくやった! 雫!」
ジンが火の精霊の赤い色素に、そうっと息を吹きかけた。
すると、赤い色素がポッと揺らめいた。
ジンが優しく息を吹きかけるたびに、色素はどんどん強く明るくなっていく。
ただの染みのようだった影が、あっという間に火の精霊の姿へ戻っていった。