(13)
「知ってる! だから止めるんだ!」
「なにが『だから』なのよ!?」
「お前は半分勘違いしてんだよ!」
「だから、どこがどう勘違いなのよ!?」
「説明してる時間がないんだ!」
「また後回しなの!?」
「お前が火の精霊を殺してしまったら、もう取り返しがつかないんだよ! 永遠に!」
火の精霊を殺す?
あたしが、この手で殺す?
突如として突きつけられたその事実の重みに、あたしの頭は雨とは違う冷たさを感じた。
高揚感で満ちていた心が、ふぅっと涼しい風に吹かれたように少しだけ冷静さを取り戻す。
命を奪う。言われてみればそれは確かに重大な、恐ろしい事実。
そんな恐ろしい事をあたしが? 行うの?
で、でも、じゃあ火の精霊はどうなのよ? あんな事をしておいてこのまま許されてもいいって言うの?
「だって火の精霊だって……」
「だから、お前が命を奪うのか? 土の精霊と神の船が死んだら、お前が火の精霊を殺して当然なのか?」
「そ、それは……」
「答えろ。お前の世界ではそれが道理なのか?」
あたしはまた言葉に詰まった。ジンとの会話で、あたしの頭は少しずつ冷静さを取り戻していく。
道理って、そんなこと言われても。単純明快に答えられるものじゃないわよ。
立場とか、事情とか、価値観とか。何が罪であって何が罰なのか。
とてもじゃないけど、それは簡単には断じることなんてできない。
「そうだ。だから今、お前だけの道理で火の精霊の命を奪うな」
「ジン…」
「あの時、水の精霊は『救うため』にお前に全てを受け継がせたんだ。その力で、火の精霊を殺さないで欲しい」
……うん。
「分かった」
あたしは小さく頷いた。
でも正直、心の底から納得しているわけじゃない。理不尽さに憤る気持ちは燻ぶっている。
「決して火の精霊を許したわけじゃないのよ?」
「ああ、わかってる」
「後できっちり火の精霊を追求するわよ?」
「わかったわかった」
「あたしはね、ただ、道理だとか価値観だとかを……」
「わかったから早くしろ!」
ジンに話を遮られてあたしはムッとする。
まったくもう、これだから男は。いつだって女の話は半分しか聞こうとしないのよね。
まぁ、いいわ。話しは雨をとめてから……。
……。
「ね、ねぇジン」
「なんだ?」
「この雨って、どうやってとめればいいの?」
無言のまま、ずぶ濡れの顔でジンがあたしを見た。
その視線と沈黙が正直気まずいんだけど、でもこれだけは一応、ちゃんと確認しとかないといけないわ。
あの…あの、ね?
そもそもね?
「この雨、やっぱりあたしが降らせてるの?」
「お前以外の誰が降らせるんだ!! 誰が!!」
「だ、だってあたし、別に『雨よ降れ!』って雨乞いしたわけじゃないわよ?」
あたしはただキレただけよ。キレて、頭にきて、体がガアーっと熱くなって。
そしたら勝手に雨雲がゴロゴロと。
「やっぱりお前だろうが!」
「そ、そんな事言われても、本当に意識なんてしてなかったんだってば!」
「精霊の力ってのは、本来そういうもんなんだよ! とにかく早く何とかしろ!」
なんとかって言われても。
無意識に降らせてる雨を止めるなんて無理よお!
だいたい「さあ、この雨をお前の力で止めなさい」って言われても、どうすりゃいいの!?
あたしは狼狽しながら周囲を見渡した。
狂乱の槍のごとくに打ち付ける雨。怒涛の雨量に、地面は処理能力が追いつかない。
地表に水が薄い膜のように張り、極浅の湖のようだ。
ど、どうしよう。このままこの勢いでずっと雨が降り続けたらいったいどうなってしまうの?
その先の展開を想像してあたしは寒気がした。